『大規模訂正』祝★初のアンチ米(豊作記念)

 

 

祝★

 

ワシのブログに初の

アンチコメントじゃーい!

わーい!

(((o(*゚▽゚*)o)))

 

 

 

このブログに対して、

「ありがとう」

「楽しい」

「イイね」

などの喜びの声はときおり

頂いており、大変うれしく思っておりましたが、

 

 

 

その反面、今まで一切、アンチ米が

なかったとですよ・・・

それはそれで、いとさびし。

 

 

 

え?

なんでアンチコメなんてもらって

嬉しいのかって?

 

 

 

 

 

だって、

人間は「無関心」

が一番恐怖だから・・・

 

 

 

 

誰にも相手されなくて

必要とされなくて

世界に認められないことほど

人は怖がるからね。

 

 

 

 

無関心>嫌い

 

 

 

何もない真っ白な世界より、

人は例え苦痛でも、

嫌なものを求めてしまうというのは、

人類みな共通の心理なんじゃ。

 

 

 

 

 

アンチとは・・・

Anti (アンチ=反対)という英語。

 

 

そんで、アンチコメとは・・・

 

 

自分の意見とは反対の意見のこと。

 

 

 

これはあって当然だよね。

この世に100%自分の言ってることが正しい人なんて、

いないのだから。

 

 

もし自分が、一方のサイドを正しいとみているとすれば、

必然的に反対サイドの見識が発生するんだよね。

(光があると影ができるし、逆に影があると光ができる的な)

そんで片方側だけを支持している人間がいたら、

それと反対の側を見ている人をアンチ(反対)の人と言うんだよね。

これは当然あるあるなのだ。

 

 

そんで、反対の意見ってとても大切だよね。

別の考え方の見解を学べるしね。

 

 

 

あ、でもね、

誹謗中傷は100%無視じゃ。

 

 

 

誹謗中傷とは・・・

ただの感情的なディスり

 

 

こっちは、対応すればするほど、

自分の時間とエネルギーが

無駄に無くなってしまうから、

これは対応しないっす。

普通にスルーしますです。

(ま、今までほぼ無いけれもね)

 

 

 

アンチ意見とディスりの両方が混ざったもの

これは、割合による。。。

ディスり要素が多めだったら、

スルーしまっす。。。はい。

 

 

 

 

いや~、アンチコメが来るってことは、

ワシのブログもどんどん、

いろいろな人に認識され始めて来ている、

ってことの裏返しじゃのう。

 

 

 

 

「あなたのブログの内容、わかるぅ~」

っていう人たちだけの層から、

 

「あなたのブログ、ちょっと何言ってるかわからない」

っていう人たちを含めたもっと広い層へ、

拡大して言っているのじゃ~!

おもちうにょーん

 

 

 

 

 

頂きましたアンチコメントはこちら↓

 

このブログ記事にたいしてのコメントでした↓

「みんなが好き勝手にやっても大丈夫なのは」

 

 

 

 

きっと勇気を出して書かれたのでしょうね。

ありがとうございまーす。

 

 

 

ワシは議論して自分のこと正当化して

相手を論破して、ということをしたくて

書くわけじゃなくて、

ワシが思っていることを言わせてもらうと、

 

 

 

 

半分はアンチさんに賛成しますです。

残り半分は、やっぱり、自分が思っている世界を

みんなが勇気を出して支持していくことが、

「好きなことだけして生きていける世界」

へ変わっていくことの必要不可欠な条件だと思っております。

 

 

 

半分は賛成っていうのは、

現状ではまだ、

好きなことだけして生きていくなんて無理、

って思っちゃっている人の方が、

きっと世の中多いし、

 

 

 

それに自分も、

「自分自身に好きなことして生きていいんだよ」

って言い聞かせている反面、

ときどき、「このままでいいのだろうか」

っていう不安になることだって

少しくらいは、たまにはあるからね。

(人間だからね、そういうときも、ありますわ)

 

 

 

 

でもね、のこりの半分、

「みんなが好きなことだけして生きていい」

っていう考え方は、割と論理的に考え抜いて

導いた結果だったりします。

 

 

 

「理想」の部分もあるかもしれないけれど、

大部分については、わりと筋道立てて結論を出したつもりです。

 

 

 

ええと、頂いたコメントには、

こう書かれてました。

 

 

「好き勝手にできるとしたら、それを支えてくれている人のことをすっかり忘れた話です」

 

 

 

これに対して、今から

4つのことを言いたいと思います。

 

 

 

1.多様性・適材適所

 

「みんなが好きなことだけする」とは、

みんながそれぞれの得意なことを持っている、

という状態です。それは「多様性」な社会を意味します。

多様性な社会でみんながみんな好きなことで生きていくには、

「適材適所」という考え方をできる限り効率的にしていく、

ということになります。

 

 

Aさんは自分が好きなアートしかしない。

そのかわりビジネスができないAさんは、

ビジネスが好きなBさんに頼る。

 

ビジネスしかできないBさんは、

料理ができない。そのかわり、Bさんは

料理が好きなCさんに頼る。

 

 

料理を作ることが好きなCさんは、

自分の料理教室を作って、内装をデザインしたい。

でもデザインができないCさんは、

アートが好きなAさんにお願いする。

 

 

現代もすでに、こういう感じで、

それぞれが適材適所にそれぞれの分野で働き、

世の中がうまく回っていると思いますが、

「適材適所がさらに効率よく回る環境」というのは、

この考え方がもっと大多数の人々まで、

社会のすそ野まで浸透することです。

 

 

つまり「好きなことないけれどお金のために

嫌いな仕事を我慢している」という人が、

どれだけ自分の適材を見つけ、適所で活躍できるか、

ということです。そういう人が増えれば増えるほど、

多様性(それぞれの役割の種類)の度合いが増していく社会になります。

 

 

それについては、昔こっちのブログでも

詳しく書きました↓

「誰とも争わず、みんなが輝いて、好きなことだけして、自由になっていく方法」

 

 

 

2.機械・AI

「そうは言っても、ごみ捨てとか、家畜の屠殺とか、

世の中には誰だって嫌な仕事があるじゃん。

だれがそれをやるんだよ?」

 

という回答に対して。

 

 

そういうのは現状でもまだあります。

でも、近い将来、機械やAIが担うようになったとき、

人々はこういうことを考える代わりに、

もっとやりたいほう、こうしたいなぁ、という欲の方へ

自然と向かっていくものです。

そのときに、新たにやりたいことが出てきます。

 

 

 

3.幻想を知る

 

今現時点で、「生きるためにやらなきゃいけないこと」

と思い込んでいるものの大部分が、

実は「必要ないもの」だったりします。

人々は誰かに伝えられてきた「幸せのモデル」を追って

生きています。

「良い仕事に就き、大きな家に住み、家族を持ち、車を持ち、

貯金は最低限○○円はあり・・・」

 

というようなモデルがあったとして、

もしあなたが「好きなことをしたいけれど、

生活のために好きなことができない」と思っている場合、

「自分にとって本当はコレは必要じゃないものだ!」

という部分をどれだけ発見できるか、ということが

大きなカギとなります。

 

 

あなたが生活のために必要だと思っているそれは、

本当に必要なのだろうか?

自分のやりたいことを実現するために、それは

本当に必要なものだろうか?

 

 

こうやって問いただしていくと、

不要なものに1つずつ気づき、手放していくことができます。

 

 

軽くなればなる分、空いた部分を

あなたの好きなことで埋めていくことができます。

 

 

 

4.感謝の心・応援したい心

 

最後にもっとも大切なことを言います。

 

これだけを知っていれば、

1~3までの話を知っていても知らなくても、

どちらでも構わないくらい、一番大切なことです。

 

 

それは、感謝し、応援してもらうこと。

 

 

あなたを支えてくれる人、社会、環境、状況、

あらゆるすべてに対して、感謝することです。

 

 

「支えてくれてありがとう」

「助けてくれてありがとう」

「応援してくれてありがとう」

「お金をくれてありがとう」

「食べ物をくれてありがとう」

 

 

あなたが好きなことをしていくうえで、

あなたは数えきれないほどの恩恵を

受けています。そこにどれだけ気づけるか、

ということが大きなカギです。

 

 

支えとは、人の場合もありますが、

たとえば安全な社会に住めるとか、

安く食べ物が買える国に住んでいるとか、

インターネットが使える環境にいるとか、

 

 

好きなことをしていてもしていなくても、

ただ、生きている、というだけで、

あらゆるすべての恩恵によって支えられている、

ということに気づくことです。

 

 

 

それに気づいたら、感謝です。

 

 

感謝したら、人々は、

「あなたを支えて、あなたに尽くして良かった。」

「またやってあげたい。」

 

 

するとあなたは更に応援され、

どんどん好きなことをやっていけるようになります。

 

 

そして面白いことに「あなたが誰かに感謝をする」

ということは、

「あなたが好きだから、あなたを応援したいから、

だからあなたを支援する」

「あなたを応援することが私の好きなこと」

 

というように、

あなた以外の人も「好きなことをして生きる」

ということを体現できるようになります。

 

 

「あなたを応援することがその人にとっての好きなこと」

 

 

こうやって「好きなことして生きる」という状態が

人々を介して連鎖していきます。

 

 

これについては昔のブログで書きました↓

「実はあなたはすでに好きなことをしている(Everybody love somebody)」

 

 

 

「好きなことをして生きる」というと

「ワガママで身勝手」という印象を

持つかもしれませんが、

 

 

そうではなく、

「好きなことをして、それができることに対して感謝する」

を心がけていけば、

「好きなこと」の輪が、どんどん社会に広がっていきます。

 

 

誰かの1つの小さな夢が

徐々にみんなにとっての夢になっていく。

 

 

べつに大規模な話じゃなくていいんです。

「あなたを応援したい」って思ってくれる人が

少しでも、一人でも良いんです。

 

 

こんな考えをもとにみんなが好きなことができたら、

最初に言った、

  1. 多様性・適材適所
  2. 機械・AI
  3. 幻想を知る

 

これら難しいことが知ろうと知らなかろうと、

実現しようとしなかろうと、

4つ目の「感謝と応援したい心」さえあれば、

究極に突き詰めていくと、

最初の3つはすべて要らなくなります。

 

 

感謝だけ忘れなければ、

今すぐにでも、誰でもできることなんだ、

と自分はそのように考えます。

 

 

これに気づけたのは、

 

心屋仁之助さんという方の教えが

大きく影響しています。

 

 

 

 

人は誰かに何かをしてもらう時、

感謝をするよりも、

つい遠慮したり、悪いな、と思ってしまい、

応援を受け取らないこともあります。

 

 

それって心の中に「罪悪感」があるからです。

 

 

 

人は「罪悪感」を抱き、

「申し訳ない」とか「お返ししなければ」とか、

思うがため、自分を抑えて、結局は

「好きなことをしない」を選んでしまいます。

 

 

 

それでも、人からの「支え」を無視しなくても、

「ありがとう」って感謝しながら、

喜びと共に受け止めて、

「自分は好きなことする」って決めて、

前に進める人もいます。

 

 

 

で、その違いは、「罪悪感」と

どう向き合えるかどうか、っていうお話です。

とうことを心屋さんから学びました。

 

 

 

 

罪悪感を打ち消すには、

「ありがとう」の気持ちです。

 

 

これが連鎖していけば、

みんなが好きなことできる世の中に

変わっていくと思います。