地獄(嫌な状態)から天国(最高)へ行く2つの方法

 

 

地獄(嫌な状態)から天国(最高)へ行く方法は

2つあって、1つ目の方法は一瞬で解決でき、

2つ目の方法では時間がかかるが、2つとも、それぞれ、

行き着く天国がそれぞれ別の場所になっている。

 

 

 

 

今日もふわふわ系な記事になってもうたわ

 

 

 

 

そーいえば、最近のマイブーム。

ちょっとだけ幸せになる方法。

ワタシ、ネコ好きなんだけどね、

ネコ動画を0.25倍速で見るとね、

ずーっとネコの寝顔を4倍の長さで見られるからね、

すっごい幸せなの。

 

 

 

まだやったことない人は、ユーチューブの

再生速度を0.25倍にしてやってみてね。

面白いよ! あ・・・・

グロ動画で0.25倍速は絶対にやっちゃダメだよ☆

 

 

 

 

理想の世界

 

 

ワタシ、またいつも夢見てしまう。

 

 

 

いつかワシら、本当に理想の世界に行けるんじゃないかって。

空飛べるんじゃないかって。

 

 

 

理想の世界では、鋭い三角形のピラミッド型の枠組みの中を、

下から上へ這い上がるような生き方も存在しない。

 

 

 

理想の世界では、お金自体が存在しない。

取引思考も存在しない。

ただお互いに与え続けるだけの世界。

 

 

 

恐怖・愚痴・不満・欠乏感、

そして欠乏感からくる渇望、

そして渇望を埋めるための競争、

そして競争が生み出す奪い合い、

すべてが存在しない世界。

 

 

 

超絶お花畑の世界。

あり得ない世界。

でも、夢見て止まない。

 

 

 

 

 

5才児の夢

 

 

 

あなたは、一番最初の記憶を覚えてる?

何歳ごろ?

どれくらい小さい頃の記憶まで覚えてる?

 

 

 

 

ワタシ5歳。

 

 

 

 

5歳の記憶は覚えてる。

4歳とかなると、厳しい・・・ぼんやり。

(幼稚園の頃、おしっこもらした黒歴史は覚えとる。

そして大人になった今、あれはワシの潜在意識の仕業だと、ようやくわかった)

 

 

 

 

そんでね、5歳の時の記憶はね、ハッキリ覚えてる!

5歳の時のあの熱い思い、

ワタシ今でも忘れない。

人生を通して、ときどき感じてた。

 

 

 

 

あの時の心の底から湧きおこる、

魂の違和感。

心の本音。

真実のつぶやき。

 

 

 

 

 

「あれ、生きるのってめんどくさくね?」

 

 

 

 

 

あ~あ、なんでこれ思っちゃったんだろう

もっと志高いこと思いつかなかったのだろうか

よりによってなんでこんな終末思想・・・

 

 

 

 

まあ、思っちゃったんだから

仕方ないよね?

5歳児だからね、しゃーないよね?

 

 

 

 

ワタシ、物心ついたときから、

割と思ってた。

あれ、なんで生きるのってこんなに

めんどくさいわけ?

 

 

 

 

だってさ!

何もしてないのに、なぜ腹が減るわけ?

何もしてないのに、風呂入らないといけないわけ?

何もしてないのに、なんでおしっこ行くわけ?

 

 

 

そんでさ、何もしてないのにさ、

家の中にさ、スイカが置いてあるとさ、

勝手に虫がたかってくるじゃん?

なんなんアレ?

 

 

 

あとさ!何もしてないのにさ、

家の庭には勝手に雑草が生えて来てさ、

母は一生懸命、草取りしてるの。

 

 

 

何もしてないのにさ、

母は毎日、掃除とかしてるしさ、

野菜は気づいたら腐るしさ。

草木は冬になると枯れるしさ。

 

 

 

 

5歳のときは、幼いから自分では、

言語化できなかったのだけども、

でもなんとなくこんな風に感じてた↓

 

 

 

 

「なんか知らんけど、

世界って寄ってたかって、

ワタシを殺しにかかって来てる?」

 

 

 

 

っていう感じがしてた。

うまく言語化できない年齢だけども、

なんとなくそんな感じがしてた。

 

 

 

 

何もしないと、

自然は秩序あるものを解体し、

死や無秩序などの「崩壊」へ導いていく。

 

 

 

そんなことを、概念としては分からなくても、

体感として感じ取っていたんだろうね。

 

 

 

 

そんな中、ワタシ5歳。

大きな夢を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

「一生ずっと寝ててぇ~」

 

 

 

(おわっとるなぁ~www)

 

 

 

なんかあの頃、

カレンダーに写ってた

南の島の写真とかに

妙に惹かれてたんだよねw

 

 

 

 

一応聞くけどさ、

こーゆーこと考える5才児

たぶん、イレギュラーだよね?

 

 

 

 

普通は公園で遊んだり、

ゲームしたいとか、

お母さんに甘えたいとか、

そんな感じかなぁ?知らんけど。

 

 

 

 

それとも割とみんな、ときどき

こーゆーこと感じる?

これってあるあるなの?

ねえねえ教えてw!

 

 

 

 

ワタシ、いつも理想の世界を夢見てる。

 

 

 

 

みんなが平等で平和で争いも苦しみも奪い合いもない世界。

 

 

 

 

でもそれは、ワタシの心が清らかで、

万人の救済と、自由と平等を愛する

光りく素晴らしいものだから、

という訳じゃない。

 

 

 

 

たぶん、ワタシの理想に対する憧れの発端は、

 

「なぜ生まれちゃったんだよ。

めんどくせぇーじゃねえかよ!」

 

だったんだと思う。

(はよ理想の世界、天国に戻せや、オイコラ。)

 

 

 

 

 

そして今ココ。

 

 

 

 

 

 

あ、話が長くなりました。

本題に戻しまっす

 

 

 

 

 

地獄(嫌な状態)から天国(最高)へ行く2つの方法

 

 

 

1つ目の答えは、

自分自身が、いつどんなときでも、

どんな環境においても、

「自分は最高だ!」って思えること。

 

 

 

 

「あんだよそれ!」

「そーゆーモチベ系の話とか、

もう今更、聞き飽きたよ!」

「そんなもん、みんな知っとるわ!」

「それができたら苦労せんわ!」

「心意識高い系かよ!」

 

 

 

 

やっぱ、そーっすよね~

 

 

 

 

ま、ありきたりすぎるけども、

一瞬で到達できるから、

ある意味、楽っちゃ楽。

でも、常時、そんな状態、保てねぇ~よ、つー話。

 

 

 

 

そんで、そっち系はもうブログ記事で

書き飽きたからもうこれ以上、掘らない。

各自、修行するしかないね★

みんな、せいぜい頑張るがいいね、ワタシも含めw

 

 

 

 

 

2つ目の方法

 

 

それは「自分が先に、みんなを救う」

 

 

 

ワタシ、理想の世界を夢見てる。

まだ、あきらめてないw

 

 

 

たとえ、マトリックスの世界みたいに、

電極に繋がれて仮想現実に取り込まれたとしても、

全員の恐怖や苦しみが解放される世界が実現できるなら、

それはそれでありかもしれない、ときどき考えてしまう。

 

 

 

 

そして、実際にマトリックスのような

電極に繋がれたような世界になるとは誰もわからないけれども、

概念的には、世界はそっちへ向かって進んでいる。

(アメリカとか西側はこっちへ向かうんじゃないか?)

 

 

 

未来の姿は分からない。

もしかしたら、バイオ技術とかが発達して、

入れ替え可能の肉体を自由に手に入れられるかもしれない。

(ロシアとか中国はこっそりこっちへ向かうんじゃないか?)

 

 

 

 

そしてやがて、がっちゃんこして、

合体型社会が来るんじゃないか?

(妖精の国ジャパンは、純なスピリットのイデアを持ちながら、

この2つの理想の上で、ゆるーく遊ぶんじゃーい)

 

 

 

 

そんで、そーゆーことはどうでもいい。

どんな形式になっていくかはどうでもいい。

未来のことはどうでもいい。

(なぜかって、それは絶対にベターになる方を人類は選択するから。

最終的に、みんな慣れていくんだ)

 

 

 

 

そして、言いたいことは、

そーいうことじゃなくて、

もっと本質的なことを言いたい。

 

 

 

 

マズローの5段階欲求の檻の中で、

ワシら、いつも下から上に向かって、

地獄から這い上がろうとしている。

 

 

 

 

人類はこれを、歴史を通して、

永遠に繰り返して、

少しずつ、この階段を登ってきた。

 

 

 

 

 

そして生存するとか、食べるとか、

5段階欲求の下のクラスの欲求は

世界全体を通して、どんどん、満たされつつある。

下の層の地獄から、人類は少しずつ開放されつつある

 

 

 

 

 

そして、地獄から天国へ行く方法とは、

歴史を通して「成功者」と呼ばれている人たちの行動

を見るとそれがわかる。

全員に共通している。

 

 

 

 

それは、よりたくさんの人を

地獄の底から天国へ導いてあげること。

ひよこ天使「ぬ~ん」

 

 

 

 

それをもっと本質的な言い方で表現するならば、

人々の持つ欲望を先に満たしてあげること。

それも一人二人ではなく、大勢を一気に救い上げること。

自ら先にそれをすること。

 

 

 

 

これを論理的な言い方で表現するならば、

人々のマズローの5段階欲求の

欲求を満たしてあげること。

しかも一気に大勢を救うためにレバレッジ(てこ)を使うこと。

自らリスクや労力を買って、それを実現させるために努力すること。

 

 

 

 

どんなにクズみたいな性格の奴でも、

なんか薄っぺらそーなヤツでも、

これができてる人は成功している。

★でも、本人の内面的な幸福はまた別の問題だけどね。

それは先ほどの「1つ目の方法の話」へ戻っていく。

 

*1つ目と2つ目で、天国の行き先が2つに分かれるのだ

 

 

 

世界は常にベストじゃなくてベター

 

 

 

世界は常にベスト(理想)になることはなく、

かならず昔よりベター(マシ)になっている、

ということ。

 

 

 

 

ベストにはなれない。

せいぜいベターなのだ。

 

 

 

そのベターという言葉の定義を言うのであれば、

それは世界中の人たちに聞いて回って、

 

 

 

「今と昔、どっちがいいですか?」

 

 

と聞いて、

 

 

 

「そりゃ、今の方がマシでしょ」

(ラーメンマシマシでしょ)

 

 

 

と答える人が半数以上いれば、

世界はベターなのだ。

世界は昔よりベターな状態へ移行したのだ。

 

 

 

今はみんな、物理空間への名残惜しさが残っている。

お店に行って、楽しい体験をしたい、美味しいものを食べたい。

 

 

 

でも今度は逆に、人々がオンライン空間に慣れたとき、

みんなにとっては、今度はそっちがスタンダード(当たり前)になる。

 

 

 

 

すると今度は

「ええ、外出るのめんどくさ」とか

「紙にかくのめんどくさいわ。ラインで送って!」とか

「紙のお金とか辞めて欲しいわ!電子決済でたのむ!」とか

 

 

 

 

楽な方、楽な方へ、人々はゆっくり流れていく。

そしてそっちがスタンダード(基準)になったとき、

昔より今の方がマシになってくる。

(歴史はいつもこれの繰り返し)

 

 

 

 

昔に戻りたい、とは思わなくなるし、

戻ることに対して、今度は抵抗すら覚える。

脳みその中で、ホメオスタシスという機能が働き、

今の当たり前を保とうと、無意識で現状を維持し続ける。

人々は、オンライン空間の心地よさから、出ようとしなくなる。

 

 

 

 

だから、脳みそを電極に繋がれようが、

体をバイオ技術で自由に入れ替えしようが、

どうでもいい。どっちでもいい。どうなってもいい。

 

 

 

 

スタンダード(当たり前)さえ手に入れば、

人はその枠の範囲の外の世界は、どうでも良くなる。

 

 

 

 

 

今のベターを作っている正体

 

 

今、現在の世界において、

ベターを作っているものの正体。

 

 

 

それを知ることは、

次の理想へ行くために

とても大切なこと。

 

 

 

 

それは1つという訳じゃない。

いろいろな分野でいろいろなジャンルで、

いろいろな人、団体、思想、などが

それを形成している。

 

 

 

たとえば、グーグルとか、

アマゾンとかフェイスブックとか。

 

 

 

 

彼らがやりたいことと、

ワタシらが感じていることには

ギャップがあるかもしれない。

 

 

 

それでも、世界の総体の意識は、

それでも、昔よりベターな方を

選んでいる。

 

 

 

 

産業時代の厳しいピラミッド構造よりは、

まだ今の方が、あらゆる面でベターなのだ。

 

 

 

表現の自由度は高いよね。

いろいろな快適度も高いよね。

承認欲求満たされるよね。

時間的な拘束度は低いよね。

肉体的な拘束度も低いよね。

精神的ストレス度も低いよね。

肉体的ストレスも低いよね。

 

 

 

もちろん、多少なりとも、

「コレジャナイ感」的な不満も感じてるでしょう。

 

 

 

 

それでも、今のサービスの方が、

総合的に見て、昔より良いから、

多くの人々がそっちを選んでいる。

 

 

 

 

つまり、昔よりは、

まだマシ(ベター)だよね

(個人の意見じゃなくて、世界の多くの意見)

 

 

 

 

だからこそ、個人の意識は、

世界の総体の意識には逆らえない。

 

 

 

 

バーダックたった一人で

フリーザ軍に立ち向かうとか、

無謀でしょ。

ムリゲーすぎて、耳から血がでるわ。

 

 

 

 

でも、やはり、マズローの5段階欲求の原則は

歴史を通して、人間性を普遍的に表しているかのようだ。

今、この世界の人々を大量に救っているものの正体が

実際に存在していることは事実なのだ。

 

 

 

 

 

 

個人が天国(最高)へ行くために

 

 

 

個人が天国(最高)へ向かうために、

自分ではなく、先に誰かを地獄から

救ってあげること。

 

 

 

それはつまり、

徳を積むということ。

 

 

 

 

それは言い換えると、

「自分は与えられる存在である」

と言うことに気づき、

「そして実際に与えること」

 

 

 

 

 

与えるとは、

お金やモノだけじゃない。

 

 

 

明るい言葉や、

励ましの言葉、

笑顔、

やさしい態度、

親切な態度、

 

 

 

 

ヘタクソな人は、お金やモノや時間や労力、労働力、

あらゆるすべてのエネルギーを与えるくせに、

その見返りに不平・不満・ストレス・疲労を得て、

自分が先に疲弊しちゃうことがある。

 

 

 

 

でも上手な人は、明るい言葉や態度、

商品やサービス、作品や在り方など、

たとえお金が無くて0円だとしても、

何かしら工夫をして、

たくさん人を喜ばせるくせに、

その行為自体が自分でも楽しくて仕方がなくて、

喜ばれた結果、今より更に豊かさを得ていく。

 

 

 

 

あらゆるものは

自発的に相手に与えることができる。

 

 

 

 

そしてそれが、

世界の総体の意識(時流)

に乗っかっていれば、

なお、追い風が吹く。

 

 

 

 

理想じゃないけど、

ベストじゃないけど、

ベターだから、

 

 

 

まあ、しゃあないけど、

協力してやらんことも

なくはない・・・。

 

 

 

 

自分の理想と

現実のはざまで、

常に葛藤が起こる。

これは非常に苦しい・・・

 

 

 

 

 

理想はいつまでたっても

手に届かない理想であるからこそ、

人々は歴史を通して、永遠に追うことができるのだ。

 

 

 

 

だから、理想はあきらめない。

永遠のゴールでいいのだ。

 

 

 

 

でも、それは

決して到達できない境地だからこそ、

光り輝くのだ。

絶対にたどり着けない無限領域「真ん中」

 

 

 

 

そのベスト(理想)へ向かって走っていく過程で、

気づいたら、自分の後ろに、

アレコレ、ベターな結果(現実)が生まれてくる。

 

 

 

 

つまり、理想(ベスト)は

現実(ベター)を生み出し続ける

装置なのだ。

 

 

 

イデアは常に

完璧であり、

天国であり、

永遠であり、

理想であり、

データベースであり、

本質であり

本物なのだ。

 

 

 

 

僕らは幻想(現実)に生きるが、

それはイデアが存在し続けてくれるおかげなのだ。

僕ら人類が動き続けることができるのは、

この装置の作用によるおかげなのだ。

 

 

 

 

なぜなら、理想がなければ、僕らはもとより、

真っ暗闇の中、どこへも行けない

「無の存在」となってこの空間から消えてしまうのだから。

(やっぱり、点は無ェのかーい!)

 

 

 

 

理想(ベスト)な天国へはよ戻るために、

めんどくせぇーけども、

現実(ベター)を、より良くするために、

とりあえずワタシ生き続けるわ。

 

 

 

 

そんじゃ