何もしないときに起こっている奇跡

 

 

がんばって、

努力して、

がむしゃらになって、

力を入れて、

集中して、

 

 

 

考えて、

想像して、

計算して、

思考して、

 

 

 

 

そうやって何かをやろうとするとき

何かを積み上げようとするとき、

成長しようとするとき、

何かを得ようとするとき、

 

 

 

 

そのとき、

1つ1つが順番に、

順序だてて、

少しずつ少しずつ、

詰みあがっていく。

 

 

少しずつ少しずつ、

問題が解決していく。

 

 

 

少しずつ少しずつ、

成果が出始める。

 

 

 

がしかし、

だんだんと疲れてくる。

集中が途切れてくる。

体力が減っていく。

息が切れてくる。

 

 

 

 

そして、それ以上、

もうそれ以上は、

同じことをやっても、

もう上手くいかない。

今までと同じようにならない。

だんだんと、成果が落ちてくる。

 

 

 

 

「ああ、もう限界!

おしっこに行きたい」

 

 

 

 

疲れたらやすもう

 

 

 

 

何もしないときに起こり始める奇跡

 

 

 

「何もしない」

 

 

 

何もしないとき、

それは停滞している?

それは止まっている?

それは落ちている?

 

 

 

 

「何もしないとき」とは、

実は「何もしない」と見せかけた、

ただのフェイントで、

 

 

 

実は、裏でものすごいことが起こっている。

陰でものすごい陰謀が渦巻いている。

後ろ側ですごい活動が行われている。

見えない部分で、めっちゃスゴイことが始まっている。

 

 

 

 

「何かしているとき」

の比じゃないくらいのレベルで、

何十倍、何百倍、何千倍、・・・

ってレベルで、

 

 

 

 

実は「何もしてない」ときに

「めっちゃ何かしている」

 

 

 

 

 

頭の中でそれは起こる

 

 

 

「何もしてないとき」にしかそれは発動しない

 

 

 

 

とはいえ、

「何もしてないだけ」を続けていても、

それは発動しない。

 

 

 

 

「めっちゃ何かした」

「めっちゃ活動した」

そのあとに、

 

 

 

奇跡を起こすことができるスイッチが、

「なにもしない」という

ゴールデンタイム。

 

 

 

 

何か頑張って、

何か活動して、

何か考えて、

 

 

 

ちょっと休んで、

 

 

 

また何か頑張る

何か活動する、

何か考える

 

 

 

 

といって、

「何もしない」を与えない人には、

なかなか訪れないゴールデンタイム。

 

 

 

 

 

「何もしない」=「悪いこと」

というパターンができあがってしまった

「立派な大人風」な常識をもってしまうと、

なかなか「何もしない」ができなくなっちゃう。

 

 

 

 

でもでも、

「何かしよう」と自力で頑張っているその比じゃないほどの

ものすごい奇跡が、頭の中で起こるのは、

「何もしない」の状態にいるとき。

 

 

 

 

手放してしまおう。

そして、ゆだねよう。

 

 

 

あとは、何もしないゴールデンタイムのときに、

頭の中で、何かの力が勝手に働く。

 

 

 

 

 

ひよこ

「ぼ~~~~~~~~~」

 

 

 

 

 

 

僕ら人類に備えられた、

この自動プログラムが起こす奇跡。

 

 

 

 

もっと気づいていきたい。

 

 

 

 

 

そんじゃ

 

 

 

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