不確定性の宇宙の中で神は細部に宿りだす(小さい or 速い)

 

 

最近、スクーターとかバイクに乗りながら、

大声で気持ちよさそーに歌ってる人をたまに見かける

事があるのだけども、それを見たときは、

なんかツボって一人で爆笑してます(気持ちよさそうだなぁ)

どーもワタシです。

 

 

 

 

 

 

神は細部に宿る

 

 

 

 

完璧(理想郷)は

いつまで経っても

到達できない。

 

 

 

だからね、

完璧を求めて、

行動でしないのは

モッタイナイし、

 

 

 

完璧を求めて、

いつまでも作業が終わらない

のもモッタイナイ。

 

 

 

 

完璧を求めて、

意固地になるのもモッタイナイし、

排他的になるものもモッタイナイ。

 

 

 

 

だからね、

ノリ軽くして、

ふわっとヤッちゃう。

 

 

 

 

そのときの気分良さで

自動操縦させて、

ふわっとヤッちゃうの。

 

 

 

それは最高だ★

 

 

 

 

ノリ軽いとか、

テキトーとか、

いい塩梅とか、

 

 

 

そーゆー

ゆる~いのも好き。

 

 

 

 

向上することのジレンマ

 

 

 

でもね、

ときどき

ジレンマもあるね

 

 

 

向上すること、

改善すること、

クオリティを上げること、

 

 

 

これらをすればするほど、

神と出会える。

 

 

 

 

これはね、

「向上させなきゃ!」

「改善せねば!」

「クオリティを高めなくちゃ!」

 

 

 

という、他人軸によって

動かされるということを

言いたいのではなくて、

(そんな動機はそもそも、間違い)

 

 

 

 

熱中、没頭、フロー、

好奇心、ワクワク、探求、

 

 

 

これらを続けていけば行くほど、

どんどん勝手に磨かれていく。

どんどん質が上がっていく。

細部への意識が行きわたる。

一瞬、一瞬を感じてそれすらもコントロールできるようになる。

 

 

 

 

そしてその「変化のプロセス」

が楽しくてたまらない。

 

 

 

 

向上したくて向上するのではなく、

好奇心のまま探求し続け、

気づいたら向上していた、

ということ。

 

 

 

改善したくて改善するのではなく、

熱中して遊んでいたら、

気づいたら前よりも改善していた、

ということ。

 

 

 

クオリティを高めたくてクオリティを高めようとするのではなく、

今まで気づかなかった部分が、

簡単に気づけるようになったら、

気づいたら、クオリティが高くなっていた、

ということ。

 

 

 

 

テニスでも、

絵でも、

登山でも、

カメラでも、

ギターでも、

ビジネスでも、

書道でも、

仕事でも、

遊びでも、

 

 

 

 

あらゆることにあてはまる。

 

 

 

 

細部を見続けていくと、

やがてそこで神と出会える。

 

 

 

 

 

でも、完璧へ近づいていく面白さと、

神と出会う喜び、

探求し続けていくことと、

 

 

 

ノリ軽くして、今この瞬間のまま

今の自分を許せちゃう、

今この瞬間でアウトプットしちゃう、

 

 

 

この2つの間でちょっとした

ジレンマはある

 

 

 

 

ん~どっちもステキ。

どっちも面白い。

でも、ときどき迷う・・・

 

 

 

罪悪感があれば、

今の自分を許せないから、

「今のままじゃダメだ!」

つって、いつまでも行動も出来ないし、

アウトプットもできない。

 

 

 

 

でも、罪悪感じゃなくて、

「このまま磨き続けるとどうなるんだろう・・・」

という好奇心のまま、気が付いたら、

より完璧(クオリティ高い方へ)近づいていくことは、

自動操縦だからいいと思うんだけどもね・・・

 

 

 

でも、ノリを軽くして、

「今の自分でもOK!」つって、

包み隠さず、ありのままをアウトプットできる

そんな境地もステキなんだよね。

今、この瞬間、瞬間を波乗りするように、

さばき続ける。

 

 

 

 

時間をかけて凝った作品を作るのか。

 

 

それとも、

 

 

即興演奏(アドリブ)でやっちゃうのか。

 

 

 

 

 

時間をかけて作った作品の中の、

小さな小さな1つ1つの部分のミクロな世界に神は宿る。

 

 

 

 

即興の一瞬、一瞬の更に細かな1秒よりも短い、

ミクロ秒の瞬間、瞬間にも、神は宿る。

 

 

 

 

例えばバッハのような非の打ち所のない

完璧な構造建築物のような作曲なのか。

 

 

 

それとも、

 

 

 

セロニアス・モンクのような

今この瞬間、瞬間に魂が宿るような、

生きたジャズの即興演奏のような表現なのか。

 

 

 

 

完璧(イデア)へ向けた作品、

まるで物質のような成果物なのか

 

 

それとも

 

 

瞬間(無常)を表現する

波のような生き方なのか。

 

 

 

 

個体なのか流動なのか。

 

 

 

 

ネコは個体なのか、

それとも液体なのか

わがままボデー

 

 

 

 

 

 

小さい細部に神を見出していくのか。

速い光の世界の中に神を見出していくのか。

 

 

 

 

 

どちらもステキ。

どっちがいいのだろうね。

 

 

 

 

まるでハイゼンベルクの不確定性原理のように

どちらも同時に測定することはできない

 

 

 

 

 

かのようなジレンマ。

 

 

 

 

 

やっぱり、

自分が好きな方で

いいのかな。

 

 

 

 

罪悪感がなく、

自動操縦的になれれば、

どちらでもいいのかもね。

 

 

 

 

そんじゃ

 

 

 

 

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