正しい努力と間違った努力の先にあるもの

 

 

 

ボクちんは、野球選手になりたい!

 

 

 

いいね、がんばって。

 

 

 

でもね、練習嫌いだから、どうやったら

練習しないでプロになれるか、その方法を

こうやってみんなに聞きまくってるの。

 

 

え、なにそれ。

めっちゃ無駄じゃんそれ。

 

 

 

 

練習しないでプロになれるわけないじゃん。

ちゃんと練習しないと・・・

 

 

 

でも練習が嫌いなの。

だからそれ以外の方法でなんとかプロになれないか、

その方法を探してるの。

 

 

 

ええー。

そんなむちゃくちゃな・・・。

 

 

 

こうやって人に聞きまくって、

君でちょうど300人目かな。

 

 

 

え、なにその情熱。

それだけの情熱をすべて練習に向けるべきだ。

つーか、努力の方向性、間違ってない?

 

 

 

ボクちんの練習したくない情熱は、

人一倍、誰にも負けないのでしゅ。

 

 

 

無駄な努力はしちゃいけないのか?

 

 

 

 

よくあるよね。

 

 

 

無駄な努力をするな。

無駄な努力は報われない。

無駄な努力こそ無駄。

無駄な努力は非効率。

無駄な努力は時間の無駄。

無駄な努力はごみ。

 

 

 

 

 

 

もし、目的を設定した人生を

あなたが歩みたいのであれば、

無駄な努力は無駄になるのかもしれない。

 

 

 

 

だって、目的地から遠のいてしまうから。

 

 

 

 

 

でも、「目的を設定する」ということは、

かんたんなチョロくできるレベルとか、

あるいは、どうしても必須な生死にかかわる重要な事項とか、

そういうときにはとても役に立つ。

 

 

 

 

例えば、

「コンビニで10時までにアイスを買って食べたい。」

っていう目標。

11時に出かけるから、それまでにアイスを食べなきゃ。

11時に出かける目的があるのなら、

10時までにアイスを買うという小さなことは達成したほうがいい。

 

 

 

 

例えば、

「今年中に薬を手に入れないと死んでしまう」

という重要なミッションがあったら、

是が非でも、その目標を達成しようと必死になれると思う。

 

 

 

 

 

そんなとき、

無駄な努力なんてしていられない。

1ミリも無駄なことしていられない。

絶対に達成しないと。

 

 

 

だからそういうとき、

目標設定は役にたつのだ。

 

 

 

がしかし、

目標設定には、良い面もあれば、

悪い面もある。

 

 

 

 

無駄を省くということは、

効率主義的になるということなのだ。

 

 

 

 

「無駄は悪」という思考パターンが生まれる。

無駄をする時間も

無駄な人間関係も、

すべて悪になってしまう。

 

 

 

 

とても窮屈になってしまう。

偶然性から発生する巨大な展開

(大きなチャンス)を

自らの手で最初から封じてしまう。

 

 

 

 

目標を設定しない生き方

 

 

でもでも、

世の中には「目標を設定しない生き方」

というものがある。

 

 

 

 

 

あえて、わざと、

「目標を設定しない」

 

 

 

 

 

そうするんだ。

 

 

 

 

 

そこには、

理由がある。

 

 

 

 

 

目標を設定すると、

あなたの心は、

目標によって殺される。

 

 

 

 

目標にとらわれ、

目標に縛られ、

目標に操られ、

今この瞬間の自分を忘れ、

未来の自分にフォーカスを置く。

 

 

 

 

 

それが目標達成型の人生。

 

 

 

 

 

そこに「幸福感」は生まれず、

「やるぞ!」という情熱が生まれる。

 

 

 

がしかし、同時に、

副作用ももれなくやってくる。

 

「焦燥感」

「競争心」

「恐怖心」

「イライラ」

「ストレス」などなど・・・

 

 

 

 

 

 

だから目的をあえて設定しない。

(この考え方はおそらく、今後、

どんどん若い世代になればなるほど、

肌感覚で理解できる人が相対的に増えてくるかもね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無駄な努力の先にあるもの

 

 

無駄な努力は本当に「ごみ」なのだろうか?

 

 

 

世の中は「波」でできている。

世界は、宇宙は「波動」でできている。

 

 

 

 

 

並みは上に上がって、下に下がって

を繰り返している。

たえず、ずっと繰り返している。

 

 

 

 

 

無駄な努力の先には、

必ず「無駄じゃなくなる瞬間」

というものが訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

あなたの観察の仕方によって、波が変わる。

 

 

 

あなたが、

「どうせ頑張ったって無駄」

「どうせ何にもならない」

「どうせどうせ・・・」

 

 

 

という世界観で

この世の中を観察していたらとしたら、

あなたは、無駄な努力の部分しか見ることができない。

無駄な部分しか知ることができない。

無駄な部分しか認識できない。

 

 

 

 

「無駄な努力」を積み重ねた結果、

「あ~あ、人生失敗しちゃった・・・おしまい」

って結論を出してしまうかもしれない。

 

 

 

 

もし、あなたが

可能性ばかりにフォーカスしていたら、

常に波の上の部分、

「無駄じゃない」の世界を

観察することができる。

 

 

 

 

 

 

ボクちん、

「練習しないでプロ野球選手になる方法」を

300人の人に聞きまくったけれど、

結局誰もその方法を知らなかった。

 

 

 

でもでも、

300人の人に聞きまくった結果、

なんか知らんけど、

「君、面白いやつだな」って言う人があらわれて、

なんかしらんけど、

今度、テレビに出ることになっしまった。

キャハハハ笑

 

 

 

 

 

 

目標を設定すると、

無駄な努力は、

限定される。

 

 

 

その目標にとっては

「無駄」ということにすぎない。

 

 

 

 

森羅万象、

無限の事象が起こる

複雑系に住むこの世界において、

あなたが設定した、

0.000000000001x10のマイナス100億乗%以下の

とっても小さな小さな可能性に対して、

「その努力が無駄だった」

というだけの話。

 

 

 

 

 

あなたが蓄積してきた努力の賜物は、

そのチリのように小さな目的のものだけじゃないはず。

 

 

 

あなたの経験値、

あなたそのものの価値は、

そんな目標だけではなく、

もっともっと広い世界で、

絶対に「有効なもの」になる。

 

 

 

 

これは、あなたが

「波の上がってるほう、下がってるほう、どちらを観測したいのか」

この態度1つで決まる。

 

 

 

 

上向きの波だけにフォーカスして行けば、

世界は可能性の多い方へ収束していく。

 

 

 

 

すると、あなたの経験そのものが、

どんどんいろいろな方法で、

いろいろな方面で、

誰かに観測(発見)され始めるのだ。

 

 

 

 

 

だから、

「無駄な努力」とか

「効率的なやり方」とか

 

 

 

そんな短絡的な、

短期的視野なことは

気にすることないのさ。

 

 

 

 

 

あなたは、

あなたが今このとき、

「これだ!」と思ったことを

怖がらずにやればいいのだ。

 

 

 

 

後悔なんていらないよ。

思い切りやって、ダメだったら、

そのときは無駄になってしまった努力も、

あとあと、あなたの身を助けることになる、

ということも結構あるあるで出てくるのだ。

 

 

 

というか、あなたが前向きな方、

「この努力は何かに使えないか」

という見方で世界を見えていれば、

いつか、無駄なものが無駄じゃなくなる可能性がどんどん高くなってくる。

(手持ちのカードを生かすも殺すもあなたの考え方次第なのだ)

 

 

 

 

 

だから、

結局はあなたの世界に対する見方次第。

もっと言うと、

あなたの心次第。

 

 

 

 

だから、

無駄とか、無駄じゃないとか

そんなことにとらわれるより、

 

 

 

今この瞬間、

ワクワクしたこと、

好奇心が芽生えたことを

思いっきりやればいいと思うよ!

 

 

 

そんじゃ。