右下がり状態を良しとする考え方

 

 

うほほほーい!

 

 

週末に書いたブログ記事

米津玄師のLEMONの替え歌を歌ってたら、

なんか思い付きでノリで出来ちゃったネタなのに、

最後にみんな、広告をポチクリしてくれて

ありがとうー!!!

優しいなぁ~

ワァ──o(。´・∀・`。)o──ィ♪

 

 

 

ポチクリしてくれると、

ワシはうれしくなっちゃうのです♪

嬉しくなると、またいいネタ書く

原動力となるのです♪

 

 

 

良い循環なのです!

また書いちゃうぞ!

 

 

 

と、いうことで

今日のテーマは

「ハードルを上げない生き方」

 

 

 

について書いていこうと思いまっす。

 

 

 

頑張る教の人、

完璧主義者の人、

常に何かと戦ってる人、

常に成長を求めちゃう人、

常に誰かと競争してる人、

努力しなければいけないと思ってる人、

ついつい他人と比較しちゃう人、

過去の自分と比較しちゃう人、

未来の自分を追い求めちゃう人、

現状維持は「悪だ」と思ってる人、

行動できない自分を責めちゃう人、

 

 

 

 

そんなチミは、自らの手によって、

常に自分に対してハードルを上げてしまう。

 

 

 

 

右肩上がりの人生

 

 

自分にハードルを上げている頑張る教の人は、

 

 

いつも成長しないといけない。

いつも得ないといけない。

いつも周りに勝たなければいけない

いつも周りより秀でなければならない。

いつも昨日の自分より一歩前進していないといけない

いつも昨日の自分より上達していないといけない

いつも勝ち続けないといけない

いつも上に上昇していないといけない

 

 

 

そうでなければ許せない!

 

 

 

なぜなら、せっかくの右上がり曲線の人生グラフに、

「落ち目」が付いてしまう。

常に右肩上がりを望む!

 

 

常に上昇一直線じゃないといやだ!

 

 

 

 

ハードルを上げている人は、

こういう感じのグラフをめっちゃ嫌う。

 

 

 

右下がりになった瞬間、

「問題が発生した!」と言う。

「間違いを犯した!」と思う。

「成長が止まった!」と勘違いする。

「努力が足りない!」と錯覚する。

「悪いことが起こった!」ととらえる。

 

 

 

 

 

心に余裕を持つと見える世界

 

 

右下がりになった瞬間、

「大変だ!」と思ってしまう時、

 

 

短絡的な視野になっている。

狭い範囲しか物事が見えなくなっている。

「時間」というものを短い範囲でしかとらえられなくなっている。

 

 

 

 

心に余裕を持とう。

あたふたするのを辞めよう。

とりあえず、落ち着こう。

 

 

つーか、そもそものその、

「成長しなけば」設定を捨てよう。

 

 

 

そんで、

「ま、そんなときもあるよね」

「あ、よゆーっしょ、これくらい」

「とりあえず待とう」

 

 

 

そうやって、堂々と構えて、

視野を少しずつ、広げてみる。

 

 

 

 

するとどうだろう・・・

 

 

 

 

心配していた矢先、グラフは次の瞬間、

こんな感じに反転した、また下がったり、

紆余曲折がありつつも、しっかり成長はしている↓

 

 

 

この世に生をもったあらゆる生き物は、

その生誕から寿命をまっとうするまで、

自然な形で成長し続ける。

 

 

 

「成長しなければ!」

「頑張らなければ!」

「改善しなければ!」

 

 

みたいなのは人工的なプロセス。

(それが悪い、という訳ではないけれども、

こればかりが正義、という風潮に飲まれるとき、

あなたは、あなた本来が持っている自然な成長要因を見失う)

 

 

 

 

人工的プロセスに対し、

自然的な見方をすれば、

 

 

「なんもしないけど勝手に成長する」

 

 

 

木も草も、動物も、人間も、花も、

生を受けて、そのあとは、

ちゃんとすくすく育つのだ。

 

 

栄養剤とか、サプリメントとか、

そういう人工的なものが無くても、

私たちをちゃんと、

その寿命が来るまでの間、

自然界は、やさしく育ててくれている。

 

 

 

災害とか、災難とか、

「不確定な要因」というものが無い限り、

自然界は、まるで設計図があるかのように、

ちゃんと、1つの生命を生かし、

そして最後は、生命は自然へ帰る。

 

 

(あるいは、あなたという生命は、

自然界の長い時間の中に、ひょこっと現れた、

一瞬の短い時間の「動き(運動)の一部」にすぎない、

のかもしれない)

 

 

 

 

 

下げ要因は悪じゃない

 

 

何かに取り組んでいて、

右下がりになったとき、

あなたはどう感じる?

 

 

 

 

 

 

「あ、失敗した!」

「あ、調子悪くなってる!」

「あ、動きが鈍くなってる!」

「あ、成長止まった!」

「あ、トレンド終わった!」

 

 

 

 

そういう風に考えがち。

自分もときどき、そうなるなる。

うんうん。

(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪

 

 

 

 

でもでも、

「下がること」って

悪いことだけじゃないんだ!

 

 

 

 

 

下がることは良いこと?

 

 

 

下げは「ダメ」ではなく「タメ」

 

 

格闘ゲームするときさ、

必殺技出すためにパワーをためるじゃん?

 

 

そんでさ、

パワーをためてるときはさ、

相手に攻撃できないじゃん?

 

 

 

何もできないから価値が無い、

訳ではないじゃん?

 

 

何もしないでいるとき、

めっちゃパワーをためている時じゃん?

 

 

 

つーか、何もしないで、

パワーをためることだけに集中できるからこそ、

必殺技を打てるわけじゃん?

 

 

 

つまり、

そーゆーこと!

 

 

 

あ、格闘ゲームしない人のために、

別の例で言うとすれば・・・

 

 

 

下がってる状態は、

ジャンプ前って感じ?

 

 

 

チョロっとしか下がらないと、

チョロっとしかジャンプできないじゃん?

 

 

つまりさ、足をあんまし曲げないと、

そんなにジャンプできないじゃん?

タメが少ないから。

 

 

 

逆に、めっちゃ落ちるとさ、

めっちゃジャンプできるじゃん?

つまりさ、足を思いっきり、

膝カックンして、しゃがむと、

めっちゃジャンプできるじゃん?

 

 

これが、いわゆる、

余裕ぶっこいてる

感じ?

 

 

 

 

これをしないでさ、

ただがむしゃらに、

ひたすら頑張り続けるって、

勿体ないよねえ

 

 

 

 

こーやって、頑張って頑張って、

努力して努力して、

でも自分のキャパはしっかり超えちゃってるから、

かならず反動が来る。

 

 

 

そんで、ある日突然、

「ポキッ」つって折れちゃう。

めっちゃ短期間のうちに崩落しちゃう。

文字通りバブルみたいにはじけちゃう

 

 

だからね、

あなたは下がってもいいのだよ。

堕ちることは、必ずしも悪いことではないよ。

 

 

堕ち加減が半端ない中、余裕をぶっこけるあなたは、

めっちゃセンス、ぱない。

次のでかい波乗り、できる系の人。

 

 

 

ま、堕ち加減がほどほどが、大けがしなくて丁度良いかもね。

ひとそれぞれさ。

 

 

 

でもでも、

気を付けてね

 

 

 

右下がりに落ちてるとき、

決して「あ、自分ダメだ!」

って自分責めをしちゃいけないよ?

 

 

 

下がってるときは下がってるときで、乙なのです!

 

 

 

下がり始めは、クールダウンのサイン。

下がり始めは、今までのやり方を変えなさいね、っていう合図。

下がり始めは、これ以上上がり続けるとケガしちゃうよ、っていう予兆。

下がり始めは、次の上がりの前のタメ。

 

 

 

そんな風に見えてきたら、

上がってても下がってても、

ありのまま。

 

 

そのまま、あなたは大丈夫。

自然の摂理に従って、あなたはちゃんと成長し続けるのだ。

 

 

 

下がってても普通のことだら、

慌てないでね

 

 

 

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