あなたが期待を裏切られたと感じるとき、
それはなぜ起こるのだろう・・・
どういうときにそう感じてしまうのだろう。
「期待を裏切られた」と感じたとき、
あなたは、悲しい。
あなたは、落胆する。
あなたは、失望する。
あなたは、怒る。
「自分と世界がかけ離れてしまったとき」
それは起こる。
あなたは常に「世界とはこうだ!」
と思い込んでる。
それをあなたは「世界と認識する」
それをあなたは「日常と信じる」
それをあなたは「普通と感じる」
それをあなたは「当たり前と思う」
四角いひよこ
「世界はね、トーストみたいに平たいのだ!」
「私の顔もトーストみたいに平たいのだ!」
「ザブングルちゃうわ」
これがあなたが見ている世界。
そして、
別の姿の世界もあるのだ。
それは本当の姿の世界かもしれないし、
それはAさんにとっての世界かもしれないし、
それはBさんにとっての世界かもしれない。
あるいは、それは、本当の姿というものを、
あなたも私も、人間はみな、見ることはできないのかもしれない。
(別の言い方をすれば、世界は無数に存在するのかもしれない)
丸いひよこ
「世界はまるい。私の顔もまるい。お買い物はマルイ。」
あなたが認識している世界と、
あなたが観測した世界が
かけ離れているほど、
あなたは落胆する。
あなたは悲しくなる。
あなたは怒りだす。
あなたは苦しく感じる。
「私がこうだと思っているのに、
なんで世界は私の思い通りにならないの」
つって。
ミッション・耳ほじほじ大作戦
指令:
綿棒をとって、耳をほじほじする。
ミッションの成果:
耳キモチィイ¨イ¨イ¨イ¨イ¨
難易度:
めっちゃイージー
実際:↓
ワタシ
いとしさと切なさが、こみ上げてきた・・・
当たり前のことができない。
思っていた通りの結果にならない。
こうなるはずと思っていた予測と違う。
そして飛び散った綿棒たちを拾うのは、結構めんどくさい。
(先っちょにね、ホコリみたいのが絡みついてね、めっちゃ切ないよね)
あなたの世界はすべて思い込みによってつくられている。
だけど、実際の世界は、あなたの思い通りには、ならない。
綿棒
「ふふふ、そうはさせない」
だからこそ・・・
自己完結の世界
僕は思いました。
綿棒が飛び散ろうが、
綿棒が飛び散らず、耳ほじほじで気持ち良く過ごそうが、
どっちに転んでも、
自己完結できる世界に生きよう。
そう感じました。
綿棒事件のあと、そう、決心しました。
自己完結できる人は、幸せ。
自己完結できる能力は偉大。
自己完結できるなら、もう何が起きても大丈夫。
自己完結できるよう、
設定を変えました。
何があっても笑えればいいや
とりあえず、こんな風にしておけば、
綿棒が飛び散ったとしても、
今日のブログ記事のネタにできる。
そして、自己完結の世界とは、
「あなた一人で作る世界」
のことなのだ!
相手はいない。
相手に依存しない。
相手に期待しない。
相手をありのままにさせておく。
世界に依存しない。
世界に期待しない。
世界をありのままにさせておく。
相手にも世界にも影響されているような世界は、
自己完結とは呼べない。
あなたがあなた一人で、
勝手に自分を幸せにできるように
そういう世界を作るのだ。
相手も世界も関係ない。
自己完結の世界はある意味、
頭の中お花畑です。
がしかし、
それでもいいじゃないか。
それができたほうが幸せじゃないか。
相手に「あなた頭、お花畑ですねー!ハッピーセットですねー!ウケる」
って言われたとしても、それはそれでいいじゃないか。
相手に世界に影響されて、動かされて、
惑わされて、依存したり、反応したりして、
自分の軸を見失うより、
自分で自己完結できる能力は偉大じゃないか。
だからね、
「相手や世界」と「自分」を
無意識だけど常に比較しながらいきている
そこのあなた!
そんなの辞めてさ!
一緒に頭ハッピーセットになろうぜ☆
I’m Loving It!