文字通り痛みと苦しみを消し去る実践的な方法

 

 

あんまし声を上げて書きたくなかったけども、

この世には「痛み」「苦しみ」

文字通りガチで取り除く方法があることを

ワタシは知っている。

 

 

 

 

 

知っているし、実際に体験した。

 

 

 

 

なんで声を上げて書きたくないかというと、

秘密にして独り占めしたいからでもないし、

秘密ぶって偉そうにしていたい訳でもないし、

「ここから先は有料です」とか言ってお金を取るわけでもないし。

 

 

 

(そしてそーゆー行為自体、否定してないです。

ただ、今は、大好きな音楽活動と自分を知ることに忙し過ぎて、

それ以外のことを、やる気が起きないし、時間もないwww)

 

 

 

 

ただ、なんで声を上げたくないかと言えば・・・

 

 

 

 

ちょっとだけ、危険な要素も含んでいるから

(一歩間違えると、効果が得られないどころか、良くないことに繋がる)

 

 

 

 

それでも、ちょこっとだけ書こうと思う。

こんな時代、きっと不安や恐怖に包まれている人が

きっと増えているだろうから。。。

 

 

 

 

「物理的な痛み」も「精神的な苦しみ」も

どっちも消し去る技がある。

 

 

 

 

このブログでも何度か書いたことあるけれども、

その方法は「ヴィパッサナー瞑想」っていうやつ。

 

 

 

 

 

僕はこれしか知らない。

禅の瞑想も知らないし、

仏教の瞑想も知らない。

マインドフルネスとかいうやつも知らない。

 

 

 

 

僕が知ってるのは2500年以上前から

受け継がれているお釈迦様が行った

「ヴィパッサナー瞑想」しか知らない。

たったこれだけ。

これしか体験したことはない。

 

 

 

 

別に瞑想とか詳しくないし、

専門家でもないし、

ただ体験したことがあるだけ。

 

 

 

 

でも、これをやると、

ガチで痛みとか苦しみは、軽減できる。

 

 

 

 

でもね、やっぱり声を大きくして書かないのは、

「やり方」を間違えると、危険だから。

 

 

 

 

 

しかもね、

「物理的な痛みが消える」って

どーゆーことかっていうとね、

 

 

 

 

体に麻酔を打つくらいに、

「神経が消えて無くなったんじゃないの?」

って思うくらい、本当に「激痛」から「無痛」へ

スイッチが入る瞬間があるってこと。

(文字通り、痛みが消えるんです)

 

 

 

 

でもね、普通にやっても、

そのレベルには達成できない(と思う)

(個人差はあります、きっと)

 

 

 

 

少なくとも、毎日毎日、

一日中、何時間も続けて、

あらゆる情報を遮断した挙句の果てに、

9日目に、ようやくその境地へ行けた(あくまで僕の場合は)

 

 

 

 

でもね、別にきっと多くの人たちは、

「物理的な痛み」に悩んでいる人より、

不安な世の中や社会情勢の中にいて、

「心の苦しみ」の方で悩んでいる人の方が、きっと多いよね。

 

 

 

 

「心の苦しみ」の方は、

そんなにガチ瞑想しなくても、

毎日、少しずつ瞑想をするだけでも

軽減できると思ふ。

 

 

 

 

昔のブログ記事にも書いたけれども、

ヴィパッサナー瞑想の基本的な「大前提」

なるものがあって、それはね、

 

 

 

 

 

「観察」の境地なの

 

 

 

 

 

 

ひよこ

「見てるだけ~」

 

 

 

 

観察をすることによって、

「痛み・苦しみ」が軽減するだけじゃなく、

 

 

 

 

観察することによって、

「渇望・欲望」から本来の自分へ戻ることも出来る。

 

 

 

 

 

「痛み」← 真ん中 →「快楽」

 

 

 

この真ん中を維持すること。

(僕は「綱渡り」って呼んでいる)

 

 

 

 

これが基本。

 

 

 

 

 

 

でもね、この大前提を守らないと!

これができないと、

危ない。危険。ヤバい。

 

 

 

 

 

「痛み」← 真ん中

↑ このように、ずっと苦しみや痛みを意識する人は、

あんまり少ないと思う。

(なぜなら、苦しければ、途中で瞑想自体を辞めちゃうから)

 

 

 

 

 

でもね、

 

 

 

 

真ん中→「渇望」

 

↑ でもね、こっちを続ける人は多いと思う。

ガチ瞑想し続けると、あるとき、快楽が襲ってくる。

そして、この「快楽」との戦いが始まる。

 

 

 

 

(★ただし、ちょっとくらいの瞑想じゃ「快楽」にすら届かない)

(普通に瞑想してるだけなら「退屈だ~」って感じる時間の方が圧倒的に多い)

 

 

 

 

そんでね、快楽に溺れるのは、

これはこれで危険。

 

 

 

なぜなら、現実を忘れるから。

快楽に没頭してしまい、

戻ってこれなくなる。

(はるか昔、森の中、誰にも見つからず、死ぬまで、気づかずに瞑想し続けてしまうお坊さんたちも、たくさんいたのだ)

 

 

 

 

苦痛にとらわれ続けると、瞑想は失敗する。

快楽に溺れ続けても、瞑想は失敗する。

真ん中の細い綱を渡り続けていくと、

深い深い意識の世界へ入っていける。

 

 

 

 

だからね、危険な要素も含んでいるから、

あんまし声を大きくして書きたくない。

瞑想は正しく指導者の下で行いましょう★

 

 

 

 

 

でもね、やはり、書きたい部分としては、

それでも「日常の不安や苦しみ」を

軽減できるものがあるのであれば、

ぜひ、ここに書いておきたい。

 

 

 

 

外のニュースを見たり、

ネットフリックスで映画を見たり、

誰かと話して不安をシェアしたり、

心を紛らわすのも必要な事なのかもしれないけれども、

 

 

 

それは「時限性の薬」のようなもの。

「気を紛らわす」という感じ?

時が経てば、また、不安が湧き起こってしまう。

 

 

 

もちろん、そーゆーのも大切なのだけれども、

もう1つの別の側面から見た、

新たなる「大切な事」というのは、

 

 

 

 

内側を強化し、「根本的な解決」すること。

 

 

 

 

ヴィパッサナー瞑想はそれを手助けしてくれる

1つのツールなのだと思う。

 

 

 

 

自分の心の内側を見つめて、

自分の「心の一番底に安心を作る」

ということは、とても大切。

 

 

 

 

だってそういう「在り方」

になれば、外の怖い出来事や、

不安な状況に置かれても、

自分自身はいつも「安心」していられる。

 

 

 

つまり、

根っこの部分

 

 

 

 

葉っぱのお手入れも大切だけども、

根っこの水やりも大切にね

 

 

 

 

ヴィパッサナー瞑想は科学に近い?

 

 

そんでね、あくまでこれは、意見だけどね、

ヴィパッサナー瞑想は、

なんか摩訶不思議な力を使うとか、

魔法を発動させるとか、

 

 

 

そーゆーのじゃないと思うゾ。

 

 

 

 

おそらくこれは、

科学的アプローチに近い。

 

 

 

ちょっと話は変わるけれども、

芸能人のガクトは、1本1000円のワインと、

1本10万円のワインを飲み比べて、

どっちがどっちかを明確に識別できる。

 

 

 

あれは、ガクトの「舌の感覚」が、

「機械の計測器」に負けなくらい、

繊細に研ぎ澄まされているから。

 

 

 

研究室のラボで、

ワインをスポイトで取って、

計測器に入れて、成分を分析する。

 

 

 

 

みたいなことを、

ガクトは自分の舌の感覚だけで

そのような精密な分析を行える。

 

 

 

 

このガクトがやってる「感覚を研ぎ澄ませる」

と言う部分が、ヴィパッサナー瞑想のソレと、

ほとんど同じようなものなの(めっちゃ似ている!)

 

 

 

 

きっと、近い将来、脳科学とかで、

感覚器官を研ぎ澄ませる方法が、

論理的に説明されやすくなってくる気がする。

 

 

 

 

ヴィパッサナー瞑想を行う目的とは、

この感覚器官を研ぎ澄ませること、

と言い換えてもいいくらい。

 

 

 

 

つまり、別の角度から言えば、

僕らは自分の感覚器官の存在を忘れ、

その代わりに、

 

 

 

「外から情報を取り入れ、ソレに意味付けをする」

 

 

 

という作業を毎日、毎日、

永遠に行っている。

 

 

 

 

そんで意味付けされた情報は、

さらに「自分の感情」に結び付けられる。

(みんな、これを無意識に勝手に毎日、行っている)

 

 

 

 

ここに「思い込み」が発生する。

ここに「苦しみ」とか「快楽」が発生する

セルフイメージとかが形成されていく。

あるいは、潜在意識と乖離し始める。

 

 

 

 

「この部分を取り除いて、

感覚器官の作用を取り戻そうよ」

 

 

 

つーことを可能にしてくれるのが、

「ヴィパッサナー瞑想」なのじゃ

 

 

 

 

もちろん、瞑想修行者からしたら、

そんな「目的」のために瞑想をしている訳じゃない!

と怒られるかもしれないけど・・・

 

 

 

本当に修行している人たちは、

「解脱」(悟り)を目指して、

日々、がんばっていらっしゃる。

世界平和とか祈って、日々、修行していらっしゃる。

 

 

 

 

ま、それはさておき、

僕ら一般人は「楽に生きたい」

「楽しくしたい」

「苦しみを取り除きたい」

とみんな思うはず。

 

 

 

 

そんな僕みたいな人にも、

このヴィパッサナー瞑想は

とても役立つのだ。

 

 

 

 

そして、それが目的でもいいのだ。

 

 

 

僕は幸せに生きたいから。

 

 

 

それが僕にとっては、唯一の大切なことなのだから。

 

 

 

 

 

そんじゃ

 

 

 

 

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