お金の要らない世界

 

 

 

 

どーも。

2020年10月なりました

(秋です)

 

 

 

 

 

いまだコロ沢暴走中。

 

 

 

 

しかし僕らは希望を捨てない

 

 

 

 

 

未来はきっとおもしろい

 

 

 

 

 

お金が要らない世界

 

 

2018年のとき、

「今あるものを失う恐怖」

という記事を書いたけど、

 

 

 

その頃はまだ、

なんだか自分の中に

罪悪感のようなものがあって

 

 

思い切り本音で語る、

ということが出来なくて、

なんとなくぼかして、

当たり障りないように、

分かりづらいように、

抽象度をあげて、

 

 

 

自分なりに記事を書いた。

 

 

 

なんかその頃はまだ、

本音で何かを伝えたら、

誰かに叩かれそう、とか、

世の中の多くの人にとって、

「反逆者」的な目で見られそう、とか、

 

 

 

いろいろな罪悪感があって、

後ろめたさがあって、

上手く書けなかった。

 

 

 

2020年9月24日。

それは突然やってきた。

 

 

その日、

ワイは深い安心を得た。

 

 

 

すっごいかるく言っちゃってるけど、

あの日から、今まで生涯持っていた

あらゆる「人生の悩み」みたいなものの

ほとんどが、消えてなくなった。

 

 

 

もちろんね、

きっとまだ、全部消えてなくなった訳では

ないと思うし、これからもまた、

新しい悩みが出ると思う。

人間だもの。

 

 

 

でもね、毎日が、

すっごい幸せ。

 

 

 

 

あのね「心が幸せ」ってレベルじゃないの。

体もね、すっごい気持ちいいの!

 

 

 

なんだろう、じわじわと

幸福感がずっと続いてる・・・

 

 

 

特別な大きな人生を変えるような出来事なんてない。

ある日突然、「あ!」

「なーんも心配することなかったんだ!」

って、すーっと心に入ってきた。

 

 

 

それくらい、あっけない感じ。

 

 

 

悩みが無い人間は本音で語る。

そんでもって、本音が言えるヤツは最強なのだw

(もう、いい意味で、ワイはいろいろなことがどうでもよくなってる)

 

 

 

ワイは、これからも

音楽を続けるし、

好きなこと・

楽しいことしかやらん。

 

 

それに意図してなかったのに、

自分の大好きな音楽で、

夢も膨らんでいている。

 

 

 

でも、ワイはもう

成功したいとか、

成功しなくても音楽で

生きられるくらい程度のお金が

稼げるようになればいいや、

とか、

 

 

あるいは、

こういう人生になりたいとか、

こんな理想になりたいとか、

 

 

 

なんだか、最近、

本当にどーでもよくなっちゃったのwww

 

 

そしたらさ、

すっごい「安心感」が

心の底から、ぶわぁ

(´;ω;`)ブワッ

っと出て来てさ、

 

 

 

毎日「心が安らか」だけじゃないの、

まじで体がヤバいくらい、

毎日がサウナ後の快感レベルなの

(なにこれ?)

 

*ま、常時ではないけども

 

 

 

 

この感覚、覚えてる。

 

 

 

10日間、山で連続瞑想体験した時に、

まったく同じ感覚になったことあった。

(あれとソックリだった)

 

 

 

なんかちょーきもちいいw

 

 

 

 

そんでね、ワシ思った。

2年前に言いづらかったけどね、

2020年10月、今のワイは、もうどうでもいい。

 

ワイ、今も変わらず、

有れやりたい、これやりたい、

好きなことしたい、

表現したい、

 

 

 

っていう真我から湧き出てくる

思いってやつは、どんどん増している。

 

 

 

でも、

「こうならなければ」

目標を達成しなければ」

「夢を叶えねば」

という自我が求める「欲」はもう、

どーでもよくなっちゃった。

(今のところはね)

 

 

 

そしたらさ、1個だけ、

心の中に残ってたものを

見つけたんだ。

 

 

 

 

唯一、「こうなったらいいな」

っていう思いが1つだけ残った。

 

 

 

それが、

「取引が要らない世界」

 

 

 

取引の中に含まれているもの、

それは、、、

 

 

・お金

・契約

・競争

・常識

・決めごと

・ルール

・礼節・プロトコル

 

 

 

などなど。

 

 

 

一見すると、

どれも大切に見える。

 

 

 

でも、神さまは言う。

自然は教えてくれる。

宇宙は問いかける。

 

 

 

「そもそも、そーゆー概念がないと、

人間らしく生きられないのか?」

と。

 

 

 

逆説的だよね。

 

 

 

そうなのだ。

 

 

 

この世界にある大切なモノが

僕らを枠に閉じ込め、

その枠の中で、

あらゆるすべての「問題」

(あるいは問題だ、と思い込んでいる幻想)

を生み出しているんだ。

 

 

 

ウソつけ!

信じない!

ありえない!

それだけは絶対にないと困る!

それは必要だからあるに決まってる!

 

 

 

普通はそう思う。

 

 

 

 

でも本当は、

逆なんだ。

 

 

 

 

それは「良い結果」と「悪い結果」

光と影を両方同時に発生させる。

 

 

 

それらは1つになると

相殺されて、

0になる。

 

 

 

取引が無い無償の愛の世界

 

 

 

全ての枠を取り払うと、

エネルギー(豊かさ)は、

空間に充満するようになっている。

 

 

枠はすべて

信念(人々の思い込み)

から生まれて来てる。

 

 

 

 

つまり、最初は枠は無かった。

 

 

 

 

枠は今まで、

世界に秩序を与え、

世界を統合し、整理し、

豊かさを管理し、

悪を排除する、

 

 

といういろいろな機能を持ち、

だからこそ、人間は

ここまで生き延びてこれたんだ。

 

 

 

というそれそもそもが、

思い込みだったということ。

 

 

 

もう一度、神さま的な何かが

存在すると仮定して、

そのもっとも抽象度の高いところからの

問いが生まれるのであるとすれば、

 

 

 

「それがないと、人間になれないのか」

 

 

と、問われてみれば、

 

 

 

うんにゃ、、、、

必ずしも100%、

そういうわけではないよなぁ

(僕らは機械じゃない)

 

 

 

という事実が、

見えてくるのです。

 

 

 

和合の世界

 

 

仲良しさんであれ、

愛情あふれる家族であれ、

親子であれ、

 

 

 

心の絆があれば、

「枠」は必要なくても

お互いに生存し合える、

 

 

 

というもう1つの

この世界の事実が見えてくるのです。

 

 

 

そこに存在するのは「枠」ではなく、

「ゆらぎ」

なのです

 

 

 

 

「枠」という

「線形なるもの」

によって、定数的に分断されるのではなく、

 

 

 

「ゆらぎ」とは

「あいまいさ」を保ちながら、

ときに線がぐにゃぐにゃになったり、

解けてしまったり、

ときどき、輪郭がハッキリ出たりしながらも、

 

 

ゆらゆらと揺らぎながら、

それでもなお、

恒常的にお互いの絆は

不思議と保たれ続けるのです。

 

 

 

この神秘は誰にも解き明かせないのです。

「ふしぎと保たれるのです」

 

 

 

これこそが「無為自然」の力なのです。

無為自然が形成するホメオスタシス。

それこそが「絆」

 

 

 

 

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今生み出されている「豊かさ」だけに

目を向けるのではなく、

それと同様に必然的にセットで発生する

「負の部分」に気づいたとき、

 

 

 

次に「光の部分」と「影の部分」は

そもそも2つで1つ。

プラスマイナス0なのだと、

気づくのです。

 

 

 

すると今度は

「光の部分だけ」を追い求め続ける、

という行為が、幻想であると気づき、

加えて、それを強化するほどに、

同時に「負の部分」を増幅させていくのだ、

という恐怖にも気づくはずなのです。

 

 

 

 

すると「0」を意識するようになるのです。

 

 

するといままで追っていた何かが消滅し、

心に「空き」ができます。

 

 

 

すると今度は、

「空き」の部分に、

「得体の知れない何か」が

奥行の世界から沸き起こるのです。

 

 

 

その時初めて、

「その正体」について、

「考える余地」が生まれるのです。

 

 

 

それは相殺されないのです。

そこに答えが隠されています。

(人によってそれは違ってきます)

 

 

 

それはワタシにとっては、

奥行の世界が「取引のない世界」を

魅せつけてくれるのです。

 

 

 

 

そんじゃ

 

 

 

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