第3の道:生存圏アトラクタ

 

 

 

 

昨日の記事

「奥行の美学」の続き

 

 

 

 

僕ら人類を

決定論という宇宙、すなわち

アルゴリズム空間へ取り込み、

その領域内に入った者すべてを

オートマトン(自動人形)化する

 

 

 

僕らはあたかも、始めから自由意志を持っているかのように

振る舞うがそれはすべてアルゴリズム空間によって

予め決定づけられている予定調和。

僕らにその枠を破る力はない。

必然的に僕らはプログラムされた人形となる。

 

 

 

 

 

アルゴリズムの世界では、

すべてがデジタル化(形式化・型化)し、

全てが閉鎖空間の枠の中に留まり、

その枠の中で起こるあらゆる出来事は、

方程式によって導き出されれる、いわば、

すべてが「決定論的世界」という設計された空間となる。

 

 

 

 

決定論的世界の中では、

競争の原理は必須の理(ことわり)

すべては枠の中でエントロピーが最大化するまで、

システムの寿命が尽きるその日まで、

人間を含むすべてのプログラムの部品となり得るエレメントたちは

そのフィールドで命を燃やし続ける。

 

*これは競争の原理における自然淘汰(個体間で起こるエネルギー交換)の繰り返しの結果起こる、予測できるシナリオである。最終的に1つの極に全エネルギーが集約されていく。

 

 

 

 

 

アルゴリズム空間の中において、

「すべてのものは意味付けされる」

 

 

 

 

 

モノ・人・現象・あらゆるすべてに意味付けや解釈がなされる。

それが正しい間違っているは関係なしに

システム内の「役割」として機能させるため、

という理由でシステム内のあらゆるすべてが、

意味付け・解釈付け・定義づけ・ストーリー付け、記号付け、ラベル付け、番号付け、

などがなされオブジェクト化していく。

 

 

 

 

 

そして意味付けされたそれらは、

システム内の「役割」として、空間上に配置され、

相関関係が組み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

このプロセスから逃れられるものは何一つない。

すべてはたった1つの絶対なる「創造主」(アーキテクト)の管理下に置かれる。

神の見えざる手のごとく、すべては操られ、

エレメントたちに自由意志は存在しない。

 

 

 

 

 

オートマトン(自動人形)と化したあらゆるものは、

このアルゴリズム空間内に置いて、

何かしらの機能としての役割を果たす。

役割を果たせない場合、システムの中から排除されるか、

または解体、あるいは再定義、リセットなどがなされる。

 

 

 

 

 

 

そこに気づき、それに立ち向かおうとするとき、

僕らは人類のうち、いくつかの人たちは、

運命(決定論)に抗うべく、

180度方向転換をし、人間としての「真の自由意志」

を獲得すべく、アルゴリズム空間から抜け出そうと試みる。

 

 

 

 

 

その唯一の道が、感覚器官を研ぎ澄ませることであり、

これを極めていくことにより、

アルゴリズム空間が作り出すプログラムのバグを

その感覚(違和感)をもって見抜いていくことができるようになる。

 

 

 

 

そしてある日、綿密に研ぎ澄ませた感覚を頼りに、

見つけ出した現在位置と脱出ルート、そしてそのタイミングを把握し、

システムの網目を上手にくぐり抜け、

アルゴリズム空間から脱出するのだ

 

 

 

 

 

 

アルゴリズム空間から抜けた後、

彼は広大な「見捨てられた空間(VOID)」に、

しばらくの間彷徨い続ける。

 

 

 

 

 

この空間では、休息ができるのだ。

あらゆる星々の引力の影響を受けない、

何もないこの広大な宇宙空間。

 

 

 

 

VOIDでは、今までの壮絶な戦いの後の、

しばしの平静が保てるのだ。

何も思い浮かばないのだ。

ただ、暗闇の中をぼーっと漂うだけなのだ。

 

 

 

 

 

今は何も考えられない。

今は何も感じない。

今は何もしたくない。

ただゆっくりと流されていたい。

 

 

 

 

 

 

そして長い眠りの中、

宇宙船は300万光年におよぶ

ハイパースペースの航海へと入った。

 

 

 

 

 

やがて気がつくと宇宙船の外の景色は、

まったく別の風景に切り替わっていた。

 

 

 

 

 

どうやら、気がついたら、

遠く離れた銀河系(システム)にまで

船ごと流されていたようだ

 

 

 

 

そして1つの大きな惑星の重力圏にとらわれ、

船は無抵抗のまま、どんどん引きずられていく。

 

 

 

 

 

 

そして、たどり着いたその惑星は美しく幻想的な「神秘の世界」

 

 

 

 

 

この神秘の世界には、

フラクタルな空間がまるで無限のごとく

奥行きがあるように、深淵に広がり続ける。

しかしどこまで進んでも、

そのゴール地点は存在しない。

 

 

 

 

 

 

まるで宇宙空間に点在するブラックホールのように

底なしに永遠に

その奥行きの世界は広がり続ける。

 

 

 

 

 

「奥ゆきの世界」では、

無限に続くアナログデータの波の中、

全てがゆらぎ、無常に変化をし続けている。

ゆえに、すべてが想定外の未知の世界へと入っていく。

 

 

 

 

 

しかしどこまでいっても、

この世界のアナログデータが見せる

その「奥行きの正体」が何であるのか、

それを知ることは永遠にできない。

 

 

 

 

 

その世界の、その深淵の先に待っているものは

「パクス・アミニ世界線」であり、

あるいは理想郷であり、

あるいは幻想世界であり、

あるいはあの世であり、

あるいは素粒子のさらに先に収納されたミクロの次元であり、

あるいは虚数空間であり、

あるいはこの世界(現世)を投影する

「おおもと」(鏡の世界)が秘められている

 

 

 

 

 

 

しかし物理空間を超えるその「奥ゆきの世界」

へは、肉体を持って行くことはできない。

 

 

 

 

 

両極における非生存圏

 

 

 

 

アルゴリズム空間の極地では、

人間の精神性がはく奪された「地獄」

が待っている。(右側の非生存圏)

 

 

 

 

「人間が人間たる最後の砦」

としての人間性にまで科学のメスが入り、

僕たち人間の行動原理は毛穴の隅々まで分析され、

数値化され、データ化され、そこに対して、

意味付けがなされ、定義され、ラベリングされ、監視され、

すべてはコントロール下に置かれる。

 

 

 

 

 

しかし一方でまた「奥行の世界」に

ハマり込んでいってしまった者にとって、

その深淵の先に待っているものは、

エントロピー最大化の流れに無抵抗のまま身を任せ、

肉体を徐々に解体していく(左側の非生存圏)

 

 

 

 

この「奥行の世界」へは、

「肉体」を置いていかなければ、

その深淵の先をのぞき込むことができない。

 

 

 

 

 

深淵を見ようとすればするほど、

次第に社会生活との離脱が始まる。

ハマりすぎると帰ってこられなくなる。

 

 

 

 

 

この相反する2つのうち、どちらでも片方の

1つを突き進んでいくと、

やがて「精神と肉体の分離」が起こりはじめる

左側は肉体にとっては存在できない(肉体の非生存圏)しかし精神にとっては天国(神との領域)

右側は精神にとっては苦しい(精神の非生存圏)しかし肉体にとっては救済される(物質的繁栄と補償)

 

 

 

 

 

 

第三の道:生存圏アトラクタ

 

 

 

 

かつて人類は「精神の檻」からの解放を求め、

アルゴリズム空間を抜け出した。

 

 

 

 

 

そして見捨てられた空間(VOID)を彷徨った末に、

ようやく辿り着いた境地、

それが桃源郷のような「奥行の世界」だった。

 

 

 

 

 

しかしそこはまるで霊界のような世界であり、

神秘に満ちた精神の世界であり、

その細部に至っては、

とても肉体がアクセスできるような空間ではなかった。

 

 

 

 

 

そして精神と肉体の分離を体験した人類は、

やがてこの相反する2つの空間の狭間を彷徨った末に、

あるエネルギーの均衡ポイントを見つけた。

 

 

 

 

 

そこは宇宙空間のオアシス。

そこにはエネルギーバランスが絶妙にゆらぎながら、

均衡の美を保ち続けている奇跡のポイント。

そこでは肉体と精神の両方が同時に統合される。

 

 

 

 

 

 

 

 

その星の名前は「地球」

 

 

 

 

 

 

しかし、そこへ行くためには

今までに使ったことのなかった

新しいタイプのエネルギーが必要だった。

 

 

 

 

 

それこそが、

「愛」の概念。

*単に男女愛だけでなく、自分以外の他者へ向けての愛。

 

 

 

 

真我を殺し、自我の暴走の赴くまま、

自分の外側の世界へ突き進んでいくと、

やがて「アルゴリズム空間」の重力圏へ収束されていき、

やがてオートマトン(自動人形)となって、

アルゴリズム空間の一部に組み込まれていく。

 

 

 

 

 

しかし今度は逆に、自分の真我を求め、

内側の世界へ内観をし続けていくと、

それは終わりのない「奥行の世界」へと

吸い込まれていき、世俗との関係性が徐々に絶たれていく。

 

 

 

 

 

 

そんな中、僕らを生の調和がある

生存領域へ引き戻してくれるエネルギー。

それが生存圏へのアトラクタ。

それは「他者への愛」によって生まれる

 

 

 

 

 

まるでこのシーソーのような世界の真ん中を、

ほどよく調和しながら保つ潤滑油のようなものを、

予め用意してくれたかのような神の采配。

 

 

 

 

 

自分と他人との相関関係を気づき上げる世界。

自分と同様に、他人を好きになっていくこと。

 

 

 

 

自分と他人がもつれ合う

 

 

 

 

この生存圏では、

 

 

 

 

運命と選択、

必然と偶然、

調和と混沌が

が重ね合わせの状態で、

存在している。

 

 

 

 

 

その中で「半分としての自分」

それを補うための「もう半分としての他人」

もつれ合い、2つで1つのセット、

すなわち相関関係をなす。

 

 

 

 

 

それぞれにバランスを取り合いながら、

この「アルゴリズム空間的な世界観」と、

「奥行の世界観」の相反する2つを

それぞれが補完し合いながら、

統合していく。

 

 

この相関関係は、

それぞれに光と影のように

「完璧なバランス」を取り合おうとする。

 

 

 

 

 

 

嫌なことを我慢し続けるとやがて、

精神的な行き止まりが見えていき、最後には体を壊し死んでしまう。

 

 

逆に「自分のための好きなこと」に没頭し続けていても、

やがて行き止まりが見えてくる。

*これは精神的な行き止まりではなく、現実的に、肉体的・経済的に行き止まること。

 

 

 

 

 

好きなことが自分という枠を超えて他者の領域まで広がる

 

 

 

 

 

「自分の好きなこと」と「自分以外の誰かのため」が重なるとき、

そこに第三の道への入り口となる扉が、宇宙空間に出現する。

その扉の先を開くと、たちまち、生存圏アトラクタへ収束されていく。

すなわち自分以外の他者への愛の力によって、

汝はその先の世界へ吸い込まれていく。

 

 

 

 

かつてバラバラに引き離されてしまった

汝の肉体と精神の両方が、

この生存圏内において、再び同時に救済されることになる。

 

 

 

たぶんつづく

 

 

 

 

前編

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