絶望の渦中にいるとき

 

 

 

絶望の渦中にいるとき。

めったにないけど、

人生で1回以上は、

誰でも味ったことがあるのかもしれない。

 

 

 

 

『絶望』と言っても、

人によって、その度合いは全然違うと思う。

 

 

 

Aさんにしてみたら、

「え、その程度は絶望じゃないよ!」

って思えることが、

Bさんとってはもう立ち直れないくらいの絶望。

 

 

 

だから、優劣はつけられない。

上下はない。

 

 

 

 

本人が「絶望」しているとき、

本人にとってそれはリアルに絶望なのだ。

 

 

 

 

辛いね。

悲しいね。

 

 

 

 

「すっごい嫌なことはあるけれど、

さすがに『絶望』というレベルまでは、

あじわったことはないかな~」

 

 

 

っていう人も、

中にはいるでしょう。きっと。

 

 

 

 

たぶん、僕のブログには

絶望してる人、そんなに来ないかもしれないけれど、

でも、もしあなたが過去に絶望していたり、

またはこれから絶望する、というようなことが

起こりうるかもしれない。

 

 

 

そんなとき、

絶望との向き合い方を

書いてみたいかなと思った。

 

 

 

 

なんか、今日は暗い感じのテーマでスマソ。

 

 

 

 

そもそも、

絶望なんて、誰だって嫌だよね?

 

 

 

もし、自分の身に起こったら、

もう、嫌で嫌で仕方がない。

どうしようもない。

辛くて苦しい悲しい。

やるせない思い。

 

 

 

 

もう、周りは真っ暗だし、

何も見えない。

例えるならそんな状態。

 

 

 

八方ふさがりで、

どうしようもない。

 

 

 

 

僕は人生で絶望したことは、

たぶん1回くらいはある。

あれはアメリカにいたときだったな。

 

 

 

あとは、振り返ってみると、

そこまではいかなくても、

「めっちゃピンチ!絶体絶命」

っていうレベルのときはあった。

(でも絶望まではしてないかな)

 

 

 

 

そんなとき、具体的なレベルでの対処方法は

マジでわからん。

 

 

 

わからん、というか、

答えようがない。

 

 

 

その人が具体的にどのようなレベルの問題を

抱えているのか、

というのはそれぞれ違っていて、

対処の方法が全く異なってくる。

 

 

 

具体的なレベル

(とたえば、お金やら法律やら、人間関係やら、何かの処理やら手続きやら)

などなどのことは、

多分、その時の「流れ」からは

ほぼ確実に逃げることができないはず

(だから絶望しているのだ)

 

 

 

それについては、

流れに従うしかなく、

そしてその後も、時間が解決するしかない

 

 

 

がしかし、

その渦中にいるとき、

それを感じないようにし、

あるいはその苦しさを薄くして、

心にぽっと灯をともすことはできるのだ。

 

 

 

絶望の渦中にいるときに感じられること

 

 

絶望の渦中にいるときこそ、

発揮されやすい能力がある。

 

 

 

それは、

「問題解決のためにフルに脳みそが働く」

っていうこともあるだろうけれど、

そういうことではなくて、

 

 

 

それは、

「感謝の気持ち」

超発動させることがカンタンになってくる。

 

 

 

 

これができない人は、ずっと絶望したままなのだろう。

 

 

 

でも、絶望の渦中にいるときこそ、

感謝の気持ちは、発動しやすいのだ。

そこに気づけるのはめっちゃ重要なのだ。

 

 

 

 

絶望の渦中にいるとき、

今までの日常が、

「奇跡的すぎるくらいありがたかったんだ」

って気づけるとき。

 

 

 

実はあれもありがたかった、

これもありがたかった、

って、些細なこと、当たり前のこと、

が、めちゃくちゃありがたいことだったんだ、

って今になって気が付ける。

 

 

 

そのときの感謝の気持ちは、

めっちゃ強い。

めちゃくちゃ強い。

 

 

 

普段、何気ない生活をしていて、

「感謝しよう、感謝しよう」

と思っても、

なかなかやりにくいものだよね?

 

 

 

そうは言っても、

当たり前な日常過ぎて、

体感して「うわ~!ありがてぇ!」

って深く思えないよね。

 

 

 

「う、うわ~!!!

く、空気!!!空気がある!!!」

「めっちゃ息吸えるじゃん!!!」

「超、ありがてぇ!!!!!」

 

 

*ちなみに普段から、

感謝体質になるには、

最初は意識していくことが大切なのだ。

 

 

 

 

だけれども、

絶望の渦中にいるときは、

感謝モードがマジ、

パナス。

 

はんぱない。

 

 

めっちゃ強い。

 

 

 

 

闇が強いほど、光が輝きを増すのだ

 

 

 

あ、ヤバい。

中二臭いことを言うてもーた・・・

 

 

 

 

でもでも、

それはほんとのことなのだ。

 

 

 

お空の星がキラキラに輝いて見えるのは、

街中じゃなくて、もっと闇が深い、

田舎の夜空から見上げたときなのだ。

 

 

 

 

それと同じさね!

 

 

 

辛いことが大きい時こそ、

逆に!

感謝の念を味わいやすい、

絶好のチャンス!

なのだ。

 

 

 

そこを意識的に、

受け入れて、実際に感じ取れる人は、

抜け出せる。

絶望にいたとしても、

抜け出せる。

 

 

いや、確証はできないけどさ、、、

ぶっちゃけ、あまり、詳しくないけどさ。。。

 

 

 

でもさ!

やらないより、

やった方が絶対いいじゃん!

 

 

 

それだけはめっちゃ強く言える!!

 

 

 

「感謝」してるとき、

同時に「恐怖」を味わうことができない。

 

 

 

この性質を人間はもっている!

超便利!

超万能な機能!

 

 

だったら、

使っちゃおうよ!

僕だった絶対使うねぇ!

使わないのがもったいないくらいだねぇ!

 

 

 

少なくとも、

感謝を感じているその1秒間は、

幸福でいられるのなら、

その1秒を1分、1時間、1日って

ずっと、ずっと、長くしていく。

そこに意識を集中するね。

 

 

 

そしたら、気が付いたときには、

絶望から抜け出していた、

そんな風になる。

 

 

単純だけど、真実。

 

 

 

あんまし、このブログらしくないテーマだけどさ、

たまにはこういうことも書いておこう。

 

 

 

なぜならね、忘れたころに

奴(絶望)がやってくるかもしれない。

 

 

 

 

 

ひよこ

「ボクちん、カップ焼きそばのお湯を捨てる際に、麺も一緒に流してしもーた・・・」

「絶望でもう立ち直れないでしゅ・・・」

 

薄っ!

 

 

 

 

まあ、一生来なくてもいいのだけれど、

万が一、来てしまった際は、

このブログ記事のことを思い出すのだ。

 

 

そのときのためのブログなのだ。

 

 

 

そんじゃ。

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です