幸せと刺激

 

 

あなたも私も海外のYOUも

全人類共通の究極のゴール

「幸せ」を求めて生きているのに、

 

 

 

 

いつしか知らずに、

「刺激」を求める人生へと

突き進んでしまうことが

多々あるのだ。

 

 

 

 

 

 

「刺激」は一見すると「幸せ」に似ているから

ついつい、間違って追い求めてしまうのだ!

 

 

 

 

この激辛ラーメン、

辛いんだけどやめられまへんな!

ああ、舌が痛てぇ!!

 

 

 

ぼくチン意識高い系のお仕事してるからね、

プロジェクトが毎日毎日あるからね、

一日3倍のブラックコーヒーは絶対欠かせないのさ。

コーヒーはボクにとってガソリンみたいなものさ。

 

 

 

 

 

 

 

NO 酒、 NO ライフ。

酒は命の水じゃ!

 

 

 

 

そしてリセット

 

 

 

 

あなたも私も、

何かしら1つは、

刺激を欲して生きている。

 

 

 

 

 

これはね、

ラーメンも

コーヒーも

お酒も、

その他刺激になるあらゆる出来事も

 

 

 

 

全部ダメ!

 

 

 

と言っているわけではないよ。

 

 

 

 

どれも素晴らしいものだし、

どれもある人にとっては大切なものだし。

 

 

 

 

 

でもね、

もし、体を壊すぐらい取り入れてしまったら

本末転倒になっちゃうのだ。

 

 

 

 

 

そうそう、

「刺激」とは

取り続ければ取り続けるほど、

あなたの身に危険な影響を及ぼす。

 

 

 

 

 

刺激の中に生き、刺激の中で死ぬ。

これぞまさに幸せそのものじゃないか!

人生は太く短くに尽きるね!

 

 

 

ロックな人生を生きるんじゃ、おらぁ。

 

 

 

 

 

という生き方もあるね。

そうそう、そこまで受け入れて

快楽のまま死んでいくのであれば、

それはその人にとって、あるいみ

幸せなのかもしれないね。

 

 

 

 

 

でもでも、

そんな極端にみんながなれるわけじゃないし、

そんな極端なのは疲れちゃう、

と思っている人たちもいる。

 

 

 

 

 

 

 

そんなときはね、

「刺激」ではなく本当の意味での

「幸せ」に気づく時なのかもしれないね。

 

 

 

 

 

幸せと刺激の違い

 

 

幸せと刺激の違いと言ったら何かといえば、

それはね、

 

 

「刺激は常に比較が必要」だということ。

「刺激は持続可能じゃない」ということ。

 

 

 

「幸せは常にどこからでも見出せる」ということ。

「幸せは持続可能」だということ。

 

 

 

 

刺激は常に比較が必要なのだ。

最初の刺激より次の刺激は強くなければならない。

そうでないと「快楽」とは感じないのだ。

 

 

 

 

だから、ドラックの様に次から次へと、

その刺激の度合いを強めていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ「刺激を追い求める」ということは、

すなわち人間の体や、社会生活が

できなくなる点まで(臨界点)まで

最後には行ってしまうのだ。

 

 

 

平たく言うと、

持続可能じゃないのだ。

 

 

 

 

 

それとは反対に、

「幸せ」は常にどこからでも

見出せるのだ。

 

 

 

 

 

一見すると、「幸せ」は

この世界に隠れているように見えてしまう。

 

 

 

 

だってあまりにも単純だったり、

退屈だったり、

ツマラナイモノだったり、

価値がないようなものだったりするから。

 

 

 

 

 

そんなものってこの世の中にたくさん転がっているように思えるでしょ?

 

 

 

 

 

でもでも、

そういうものの中に実は

幸せが眠っているのだ。

 

 

 

 

 

幸せの見つけ方

 

 

幸せはそこら中にある。

それこそ空気みたいに漂って

この世界を満たしてくれている。

 

 

 

幸せを見つけるとは、

幸せをキャッチできる能力を

あなた自身が身に着けることでもあるのだ。

 

 

 

 

 

幸せをキャッチできる能力とは、

些細なことにありがたさを感じられたり、

当たり前だとおもっているもの、ことに

今までとは違った見方をできるかどうか、

あなたの脳みその感じ方が変わることなのだ。

 

 

 

 

 

それをしないと、

いつまでたっても

「刺激」を追い求める人生を

追いかけることになっちゃうんだ。

 

 

 

 

 

もちろん、普通の人たちは、

刺激の限界(臨界点)に来る前に、

「もうそろそろ、やめておこう」

といって体を壊さないレベル、

生活を壊さないレベルで脳みそが

勝手に働いてストップをかける。

 

 

 

 

でもでも、

その行為をずっと死ぬまで一生

続けるのだ。

 

 

 

 

そしてこう思うのだ。

 

 

 

 

「幸せになりたい」

 

 

 

 

 

幸せは基準じゃない。

幸せはラインがあるわけじゃない。

幸せは手に入れるものじゃない。

幸せは消化するものじゃない。

 

 

 

 

 

幸せは無限で、

泉のように湧き出ていて、

永遠に漂っていて、

 

 

 

 

あなたがいつどんなときでも、

どん底の時でも、

それをキャッチできるかどうか、

 

 

 

 

それにかかっているのだ。

 

 

 

 

 

難しく考えなくてもいいのだ。

 

 

 

 

些細なこと、

当たり前なことが

本当はめちゃくちゃありがたかったのだ

ということに気づけたら、

 

 

 

 

なんだから心が

じわじわと温まるような、

ゆっくりじょじょに

 

 

 

最初は気づきにくいのだけれど、

まるでスルメイカをかじるように、

だんだん味が出てくるようなものなのだ。

 

 

 

 

そういえば書道家の武田双雲先生がいってましたね、

「幸せは味わうもの」だって。

 

 

 

なんか「味わう」が自分にはしっくりきたなぁ。

 

 

 

あなたはどんな表現が一番しっくりくる感じ??

 

 

 

幸せはね味わってるとどんどんどんどん、

磨きがかかってくるんだよ。

どんどん幸せ体質になっていくんだよ。

 

 

 

 

あなたも幸せに対して敏感肌な体質になっていこうね。

 

 

 

 

 

 

 

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