意味付けによって生まれるエネルギー

最近、自分でもかなり自覚できるようになったのだけども、

自分の中で「怒り」という感情が

昔よりも全然、ほとんど湧き起こらなくなってきた。

しかも面白いことに、この怒り感情の発生プロセスを

よりくっきり、ハッキリ、感じとれるレベルになってる、

それを自覚してる

発生プロセスというのは、つまり、

例えて言うと、まるでゲームの中の主人公を

ゲームの外のプレイヤーが操っているかのように、

自分の感情が湧き起こるプロセスを俯瞰して見て、

そんでもって、それをコントロールできるようになること

例えば何かイラつく出来事が起こったとき、

昔なら「自動反応」していたのに、

今は「あ、これ、昔自動反応していた現象だ」

っていって、反応をする前に

「じゃ、どうしようか?」という

「感情を選ぶ1つ前の段階」のプロセスに

意識的に気づけるようになってる。

なぜそんなことが出来るようになったかというと、

実際に「不感」になっちゃたからなの。

例えばね、昔は、

「あ~嫌だ!」って思ってたことが、

今はそれに対して、何にも感じないの。

だから、そのときに気づくの。

「あれ?昔はよくイライラしてた出来事だ」

「ふしぎだなぁ。今はな~んも感じないや・・・」

「自分はどうしたいんだろう」

って・・・

とゆー感じでね、

昔は無自覚だったことが、

自覚できてることに自分でもすこし驚いてる。

「おぉ、なんか自分の体の仕組みについて

無意識領域に対して、少し意識領域が広がってるゾ!」

っていう感じ?

そんでこれは

日常のレベルの些細な事柄なら、

ほぼほぼ、コントロールが可能になった。

(ぜ~んぜん、イライラすることも怒りもほとんどないのよ、最近。。。)

でもね、きっと

「自分にとってものすごく嫌なこと」

がもし目の前に起こったとしたら、

やっぱりオートマトン(自動人形)のように

その現象に対して「自動反応」してしまうと思う。

(まあ、人間ですからね、完璧にはなれませぬ・・・)

 

話は変わるけども、

ワタシ、夜空を見上げることが好き。

昔から好きだった。

天体を見るのが好きだった。

小学生の頃、

屈折式の天体望遠鏡

(↑割と玄人向け)のやつを買ってもらい、

月とか、金星とか、

夜空の星々を探しては眺めることが

本当に大好きだった

ワイはお星さまとかが、

大好きなんじゃ

(別に専門家みたいに詳しくはないけど)

そんでもって、

お月さまは不思議じゃ

お月さまは、

神秘的で怪しくもあり、

なんとなく幻想的なイメージがある

昔から、物語でも、

音楽でも、ポエムでも、

お月さまは不思議で怪しい魅力的な存在として、

身近だけども、身近じゃない、

なんとも不思議な対象として扱われている。

太陽が神で主人公で表の存在なら、

月はまるで隠者のように怪しげに

潜み隠れる。

そんなお月さまは、

まるでその怪しい魅力で誘い出すかのように、

僕らが住む惑星「地球」を誘惑する

お月さまは、その引力の力を持って、

地球上の約7割もの量を占める

海の水を、ゆっさゆっさと、揺らす

海はゆっさゆっさと

揺らされて、

海の中にいるいろいろな生きものたちも

ゆっさゆっさと揺らされていく

原子も分子もゆっさゆっさと

揺らされて、自己組織化によって、

まるで必然のごとく、運命論に従い、

自動的に結合しあい「何かしらのもの」

発展していく

それが何億年もの間、

ゆっさゆっさとゆられた後、

自己組織化の末の発展しきった結合物が、

やがていろいろな生物へとなっていく

何かしらのアメーバ的なひよこ

そんでもって、

僕らの人間も例えるなら、

まるで小さいバージョンの1つの地球。

僕らの体の中にも、

地球と同様に、

水分が約7割をも占めている。

まるでフラクタルな関係のように。

そんでもって、僕ら人体の小宇宙。

その中の水も月の引力によって、

ゆっさ、ゆっさと揺らされる

ゆっさゆっさと揺らされる

僕ら人体の中のお水の中の、

その中に潜む様々な微生物たち、

細菌たちも、やはり何かしらの作用を

人体に及ぼしているのだろうか?

そこにもやはり、

自己組織化的な作用が起こり、

必然や運命的なシナリオが

用意されているのだとしたら、

僕らはお月さまの歯車によって

ぐるぐると動かされ続ける。

お月さまの生み出すサイクルの枠の中。

心と肉体の相関関係

話は変わるけども、そーいえば、

僕らの「心」は人体の中にある臓器と

なにか関係があるのだろうか?

だってさ、心が感じる感情って

何でこんなにも臓器と関連しあうのだろうか?

恋をすると

心臓がドキドキ鳴りだす。

失恋をしても、

心臓がキュッと締め付けられ、

苦しくなる。

嫌なことを我慢して

ストレスを抱えると、

胃が痛くなり出し、

恐怖を覚えると、

胃は縮こまる。

緊張をすると

今度は腸が不調を起こす。

僕らの心は、

外側の出来事によって自動反応をし、

自動反応をした僕らの心は

やがて各臓器へとその症状を出していく

しかしまた同時に、

臓器もまた、可逆的に

心へ影響を及ぼすのだろうか?

小宇宙人体の海の中、

自己組織化の末、発展した僕らの体の部位。

その一部である臓器も、

お月さまによって、ゆっさゆっさと揺さぶられ、

そしてその結果、

はやり可逆的に、

僕らの心へ影響を及ぼし、

そして心はそれを

「感情」として識別、

その感情に従って、

僕らはまた自動反応的に、

外の世界へ向けて「自分の態度」を示す。

そんな相関関係はやはり、

あるのだろうか。

人類は意味付けの生き物

ところで、臓器に関する漢字には、

「月辺」(つきへん)

が使われてるね

心臓

肝臓

膵臓

胆のう

どれにも月がついてる。

これはきっと、

僕らをゆっさゆっさと

揺さぶる「お月さま」が

関連しているに違いない!

それを昔の人は見事に

見抜いていたに違いない!

がしかし、それはただの勘違いかもしれない

ゆるいウサギ「まあ、落ち着いてカレーでも食べなされ」

この月辺の漢字はね、

「お肉」の意味が由来する。

肉という漢字が

変化した結果、

“肉づき”(月辺)になったそうな

とゆーことで、

臓器に関連する漢字に付いている月辺の意味は、

肉という意味だったのだ。

つーことで、お空のお月さまは関係がないみたい。

(がしかし本当のところは、どうなのだろうね・・・?)

それでも僕ら人類は、

そこに神秘を見出してしまう。

そこに「何かある」

と思い込む。

いや、「何かあってほしい」

という期待なのかもしれない。

何もない暗闇の中にも、

何かを見出したがる。

そんな怖いもの見たさの「好奇心」も秘めている。

光の中に、

幸福や希望を見出したがる。

そこに神秘を見出そうとする。

日常と非日常の境目。

現実と理想の境目。

この2つの空間の狭間をわずかに「ゆらぐ」

そのあいまいさに、人は幾ばくかの夢を見出してしまう。

そこに意味付けが生まれる。

それこそが人間性。

意味付けはエネルギー

意味付けは、僕ら人類に

エネルギーを生み出す。

とてつもないエネルギーを生み出す。

「信じる力」は

あらゆることを成し遂げる

動機となり、

そこからゴール(理想郷)へ向かって、

ものすごいエネルギーを生み出す。

だからワタシ、

信じたい。

自然が見せる

あらゆる神秘。

その無限に続く

アナログ空間が生み出す渦の中、

とてつもないエネルギーが湧き起こる

ワタシ、

ソレ、

信じる

最近はね、

雨が続いてるからね、

お空の星々が見えないのだよね

でもね、晴れた日が来たら、

またワタシ、

きっと夜空を見上げて、

お星さまたちとまたお話をしようと思う

ワタシの深い意識の部分は、

きっとお月さまと繋がっている

のかもしれない

そんじゃ