意識高い系感謝野郎になろう

 

 

風邪をひかないと、

病気にならないと、

ケガをしないと、

普段の何気ない健康な体に

ありがたみを感じられない。

 

 

 

 

 

車をぶつけてしまったり、

スマホを無くしてしまったりして、

お気に入りの靴が汚れてしまったりして、

始めてにいつも当たり前のように使っている

それらを失わないと、

それらに対するありがたみを感じられない。

 

 

 

ギャンブルで大損したとき、

ビジネスで失敗したとき、

お金を失ったとき

などでないと、普段、使っているお金の額にたいして

ありがたみを感じられない。

(それどころか「少ない!」って文句を言ったりする)

 

 

 

街で仕事をしているあの人も、

その人たちがいなくならないと、

世界が自分に対してどれだけの恩恵を与えて、

どれだけ便利さを提供しているか、

ということにすら気がづけない。

 

 

 

 

毎日顔を合わせるあの人も、

いなくならないと、

自分の心にどれだけの良い影響を与えていたか、

ということにすら気が付けない。

 

 

 

 

 

目の前にある些細なモノ、

何でもない小物たちすらも、

アウトドアなサバイバル空間に行って、

自給自足の生活をしない限り、

その小物たちがどれだけ、あなたの生活を豊かにし、

心地よくするために、便利にするために大活躍しているか、

ということにすら気が付けない。

 

 

 

 

毎日アクセスできる無料コンテンツが、

ある日突然、閉鎖したときにしか、

そのありがたみがわからない。

 

 

 

 

 

それが「あたりまえの境地」

 

 

 

 

 

あたり前田のクラッカー

 

 

 

 

 

あたりまえ体操

 

 

 

 

 

ヒヨコ

「息が吸える ♪」ピタッ

 

 

 

 

 

当たり前になるほど、

自分の世界の一部となる

枠の中に入っていく

セルフイメージ通りの世界となっていく

そしてそれらを忘れていく

 

 

 

 

だからこそ!

 

 

 

 

意識高い系・感謝野郎

 

 

 

動物たちは、

あたりまえ(自然)をありのまま(自然に沿って)

受け入れていく。

 

 

 

人間だけが、

あたりまえ(自然)に対して、

意味付け(意識)をして、

世界(自然に対する自分)を

新たに作っていくことができる。

 

 

 

 

感謝野郎

「YO!YO!YO!」

「誰に感謝!」

「君に感謝!」

「彼に感謝!」

「親に感謝!」

「みんな感謝!」

 

 

 

 

 

意識しないと当たり前になっていく

当たり前になっていくと感謝しなくなる

 

 

 

人間だけが意識を持てる

感謝も意識しないと、そのうちしなくなる

 

 

 

だからこそ、

意識を高めて感謝癖。

 

 

 

それは気づきの連続。

 

 

 

 

「感謝があたりまえ」

になったら、それがあたりまえ。

無意識で感謝できるレベル。

 

 

 

 

それってつまり、

「感謝しよう」っていう境地じゃなくて、

「ああ。ありがたいのう」って体で感じて

「感動を味わっている境地」

 

 

 

 

そうそう。

感覚の世界。

感動の世界。

 

 

 

心と自然が密接に繋がっている状態。

 

 

 

 

でもでも、

ちょっとぎこちないし不自然かもしれないけれど、

普段から意識して「意識高い系感謝野郎」していれば、

やがてそれが習慣化。

無意識レベルへ。

 

 

 

 

そしたら、

ふと、ときに、

「自然な感謝」(感じる)のときが出てくる

 

 

 

 

そーやって、少しずつやっていくしかないのです。

 

 

 

 

とゆーか、そーゆーすばらしい機能って、

おそらく意識を持てる人間だけが唯一可能なのじゃないでしょうか?

(動物と実際に話したことないから本当のところは知らんけど、なんとなくそんな気がするのです)

 

 

 

 

感謝。

 

 

 

イェイv

 

 

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