あちぇ

 

 

 

 

 

あちぃね

今日も

 

 

 

 

 

お梅雨。

明けました。

(冷やし中華、始めました)

 

 

 

 

 

ワイ、

最近のマイブームがあります。

 

 

 

 

 

 

ワイ、最近、

もくてるハマっております

 

 

 

 

キンキンに冷やしたグラスにね、

生絞りオレンジの汁を入れてね、

ウィルキンソンのソーダで割って、

コンビニアイスのかき氷を少し入れて、

飲んでおります

 

 

 

 

 

ノンアルのカクテル。

モクテル。

おうちで楽しめるシャレオツなお飲み物。

 

 

 

 

ふわふわ秋田

 

 

 

ここ最近、

というかかなり前から、

ずーっと抽象度の高い、

ふわふわ系な事ばかり

書いてきたのだけども、

 

 

 

 

まあまあ飽きてきたので、

そろそろ真逆な方へ

反転しようかなと

思っちょります。

 

 

 

別に心のことは、

これから書くと思うけれども、

そして心のことは相変わらず好きだけれども、

 

 

 

 

なんか最近、

ふわふわしすぎて、

現実離れしすぎてたので、

すこし戻ろうかなと

思っちょります。

 

 

 

 

 

またノウハウに戻るのか?

アルゴリズム空間へ戻るのか?

オートマトン(自動人形)になってしまうのか。

 

 

 

 

うんにゃ、、、、

そうではない。

 

 

 

 

 

2つはセット

 

 

相反する概念、ものごと、

考え方、

そーゆーのは2つでセット。

 

 

 

ワタシ、片方を肯定して、

片方を否定する、

とゆーようなことはしませんです

 

 

 

だってどちらも

2つで1つのセットだから。

ハッピーセットだから。

おもちゃもつくから。

スマイルは0円です。

 

 

 

だってさ、

ふわふわ系の抽象度の高いアイデアを考えたり、

現実離れした思考をして何かを探求したりできるのは、

ベース(土台)に「快適さ」とか「余裕」があるから。

 

 

そんでもって、この「快適さ」とか「余裕」

というのは、技術によるもので支えられている。

アルゴリズム空間。ノウハウ。

 

 

 

例えば、

 

 

「アイスを食べながら、クーラーの効いたお部屋で、

リラックスした気分のまま、自分の大好きな創作活動に没頭できる」

 

 

 

というこの1文の中に、すでに

「具体的な必要不可欠な世界」の上に成り立つ、

「余分な豊かさの世界」の構図が成り立っている。

 

 

 

 

だからね、

その上で、

ワタシ思う。

 

 

 

 

2つで1つのセット。

ハッピーセット。

おもちゃもつく。

スマイルは0円です。

前職のSupreme 感が抜けきれないマック店員

「ビッグマックない。ピクルスない。きゅうりある。きゅうりでいい? もういい?」

 

 

 

 

でもね、

その上で、

 

 

ワタシ自身は、これからも、

やりたくないことはやらないようにしたいし、

できないことを無理やり身に着けようとしない。

がんばらないをがんばりたい(←なんか矛盾してるかなw?コレ?)

 

 

 

「これが正しい」

「これがセオリー」

「これがノウハウ」

 

 

という考え方は、別に否定しないけれども、

可能な限り、アウトソースしたい。

自分じゃなくてもいいことは誰かにやってもらいたい。

 

 

 

 

二元論の世界の中で、

相反する2つのセット概念のうち、

1つだけ肯定して、1つだけ否定してると、

自由になれない。

相反する2極を振り子のように自由に行き来するイメージ。

 

 

 

 

だからこそ、両方大切。

それをまずは受け入れる。

 

 

 

だがしかし、

ワタシ自身は、

どっちかっていうと

ふわふわ系の世界に留まりたいし、

奥行の世界の力」こっちの方を極めていきたい。

 

 

 

 

もう片方の力(アルゴリズム、ノウハウ)は、

奥行の世界を極めるからこそ、それと同時に、

それと同じ分量、器ができあがる。

 

 

 

 

あくまで器だけ。

まだ中身は空っぽ。

 

 

 

 

そこから更に、

今度は実際に、

自分以外の誰かが代わりに、

そこにパズルのピースのようにピッタリ

はまるように、適応していくような世界観。

 

 

 

 

適材適所的なやつ

 

 

 

 

一人で両方は無理だもの。

一人で全部は時間も足りないもの。

一人で不得意を埋めていくこともムリゲーだもの。

 

 

 

 

だから、受け入れる。

どっちも大切だって。

つまり結局、自分には感謝することしかできない。

 

 

 

ま、でもね、

ワタシの場合は、

現実的にコロナの影響で、

具体的な活動がアレコレ制限されてるし、

あるいは、なんだかよくわからない先の見えない道へ行こうとするからこそ、

 

 

 

 

だからこそ、なんか抽象度の高い、

ふわふわ系な世界を探るよりほかが無かった、

という状況にならざるをえなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

今年の夏は、

ほどよい暑さであってほしな

 

 

 

 

そんじゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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