雨の夜の黒い訪問者と謎のドア

 

 

 

大雨が降った昨日の夜のこと。

 

 

 

 

時計はもう12時まであとわずか。

その日の終わりが近づこうとしている刻。

 

 

 

 

 

昨日は大雨だったから、

一日中、家の中でひきこもっていたワイ。

 

 

 

 

寝る前に夜風に当たろうと、

玄関のドアを開ける。

 

 

 

 

 

外は大雨。

散歩にも行けない。

どこにも行けない。

 

 

 

 

せめて、外の空気だけでも吸いたい、

と思って、暗闇の中で深呼吸シタ。

 

 

 

 

そしたら、視界の右側に

いつもと違う何か気配を感じた。

 

 

 

 

心臓が一瞬、

ドキッとした!

 

 

 

 

ワイの家の玄関の横に、

謎の黒い塊があった

 

 

 

 

 

ビックリして、

一瞬焦ったワイ、

すぐに落ち着きを取り戻して、

再び、その謎の黒い塊を見つめる。

 

 

 

 

それは、なんと・・・

 

 

 

 

 

黒にゃんにゃんでした

 

 

 

 

 

ワイが見つめても、

まったく動じることなく、

眠っていた。

 

 

 

 

全身、雨でびしょびしょで

濡れまくって、

なんとも寒々しい姿だった

 

 

 

 

雨宿りする場所を

探していたのだろうね、

きっと。

 

 

 

 

ワイは黒にゃんにゃんの

近くによって、しばらくの間、

じーっとその姿を見つめてた

 

 

 

黒にゃんにゃんは、驚きもせず、

逃げもせず、ずーっとこちらを見てるけど、

しばらくしたら、そのまま眠ろうとしていた

 

 

 

 

ワイは、黒にゃんにゃんを

驚かせないように、

そっと静かに距離を取り、

そして

 

 

 

 

「好きなだけここで雨宿りしてくだされ」

と伝え、そのままワイは家の中に入った。

(ワイもそろそろ寝い)

 

 

 

 

 

久しぶりの心のリズム

 

 

そういえば、話はまったく変わるけれども、

最近、ワシは自分の心の状態が、

「いつもと違う!」ということが

はっきり自覚できている

 

 

 

 

なんだか、数年前の状態の気分に、

戻ってしまったみたいな感覚。

 

 

 

 

いままで、これまでに、

たくさんジェダイの教えを学び、

日々日常で起こるあらゆることに気づき、

そのささやかなことに幸せを感じ、

そして日々、感謝ワークをし、

 

 

 

 

心の状態を自分軸に取り戻し、

人の意見じゃなくて、

「本当に自分が好きなこと」を

見続け、それに向かって真っすぐ

進むように日々、過ごしてきた。

 

 

 

 

 

それなのに、数日前から、

感謝ワークも、幸せの魔法も、

何もかもが、通用しなくなっている!

(まるで昔に戻ったみたいな感覚!)

 

 

 

 

このなんだかよくわからない感覚を

もう少し具体的に見て見ようと思い、

過去を探ってみると、

 

 

 

 

おそらく数年ごとに変化するレベルの、

自分の中の割と大き目な意識変化の

サイクルを見出した気がする。

 

 

 

 

もしかしたら、そのサイクルの

潮目に来ている時期なのか?

それとも別の環境的な要因か?

コロナなのか?

新月だったからなのか?

 

 

 

 

原因は、知らんけども、

とにかく、

今までの日常とは違う感覚。

いつもの「感謝の念」も「幸せ感」も

ぜんぜん通用しない感じ。。。

 

 

 

 

 

そんで、数日たった今は、

それが収まってきて、

またいつもの感じに戻りつつある。

 

 

 

 

 

新たに出現した謎のドア

 

 

そういえば、またまた

話は変わるけれども、

つい最近、ワシの目の前の世界が

大きく変化した。

 

 

 

 

ワイの目の前に、

新たなる人生の扉が開いたのだ

 

 

 

 

具体的に言うと、

ワタシの方から何かしらの働きかけをして、

自力で動いたわけじゃないのに、

人間関係がガラリと変わった。

 

 

 

 

新しい人間関係が生まれた。

 

 

 

 

そしてそれは、

2つほど接点が出きた。

 

 

1つは、人生RPGゲームの主人公である

「勇者ワイ」に新たなる仲間(パーティ)が加わった。

その仲間はたぶん「僧侶」とか「魔法使い」的な位置づけ。

 

 

 

ま、とりあえず、一言でいえば、

ワイの手助けをしてくれるような人だと思う。

ワイの世界観に賛同し、ワイの行く道を

一緒に来てくれるような、そんな人。

 

 

 

 

そんで、もう1つの接点は、

ワイの先を行く理想の世界に住む人との接点。

そんでもって、そこから今後、

ちょくちょくいろいろな頼み事が来ると思ふ。

 

 

 

 

そういう感じで、

自然な成り行きのまま、

新たな人間関係ができあがった。

 

 

 

 

 

それはつまり、自分の

目の前に新たな世界の扉

出現したような感じ。

 

 

 

 

 

がしか~し!!!

 

 

 

 

 

ワイ、ぜんぜん、

喜んでいない。

 

 

 

ありがたいこと、

といえば確かにありがたい。

喜べることと言えば、

確かに喜べるような出来事。

 

 

 

 

たしかに、2年前のワシなら、

「え!いいじゃん!うれしいじゃん!」

「よかったじゃん!」

って感じになる。

 

 

 

実際に2年前の自分の状況で、

今の状況をリアルに想像してみた。

 

 

 

 

確かに

すごいこと。

嬉しいこと。

喜ばしいこと。

 

 

 

 

 

でも!

 

 

 

 

今のワイは、そうじゃない。

 

 

 

 

今のワイ、

猛烈に感じてる

強烈に感じてる

激烈に感じてる

 

 

 

 

「コレジャナイ感」

 

 

 

 

え?

何ワガママ言ってるの?

感謝じゃないの?

ステキな奇跡じゃないの?

 

 

 

 

 

うっせうっせうっせ~!

 

 

 

そんなこたぁ~

100もわかっとるわい!

 

 

 

 

感謝だって、

幸せ感だって、

数年前の自分と比べたら、

遥かに出来るようになっとるわい!

 

 

 

 

 

その上で!

その上で!

 

 

 

 

でも確かに、「コレジャナイ感」を

感じてしまったんだから、

仕方ないじゃないか~!

(感じちゃったものは感じちゃったんだから~!)

 

 

 

 

 

何でか知らんけども、

まるで今までずっと抑え込んでいたかのように、

噴火を待ちに待っていたマグマのように、

 

 

 

 

なんかモーレツな「コレジャナイ感」

がワイの心の奥深くから、

勢いよく、湧き起こってきたのだ。

 

 

 

 

ワイは今まで、

些細な幸せを感じたり、

感謝ワークをしたり、

あれこれ少しずつ少しずつ、

自分磨きをしてきた。

 

 

 

そして、人生も人間関係も、

良い方向へ少しずつ、少しずつ、

変化していったことを

日々、感じていた。

 

 

 

 

 

がしか~し!

 

 

 

 

 

それと同時に、

ワイは今まで、

自分で自分のことを

モーレツに「過小評価」していた

ということに気づいてしまった!

 

 

 

 

 

今、人生RPGゲームの主人公のワイに

魔法使いの仲間が加わったし、

レベルもきっと上がっているのだと思う。

 

 

 

 

 

だけど、感覚的には、

「ワイは本来、レベル50くらいで、お城とかでドラゴンを倒してもいいレベルのはず」

なのに

「今のワイは、なんかスライムとか倒してケラケラ笑っておる。。。」

 

 

 

 

 

そういう感じの

モーレツな違和感を

感じてしまった・・・

 

 

 

 

 

なんかね、

目の前に

謎の扉が出現したのに、

その扉がね、

 

 

 

 

なんともショボい感じなのだよ

なんか、朽ち果てた木でできた、

みすぼらしい扉なのだよ・・・

 

 

 

 

 

「え?これ?」

「ワイに用意された扉ってコレなん?」

「このショボいドアを開けて、

この先を進めというの?」

 

 

 

 

 

 

でもワイには、その扉を開くしか選択肢はない。

 

 

 

 

 

 

なぜなら、それ以外の扉はもうすべて、

鍵をかけて封印してしまったから。

 

 

 

 

 

それ以外の扉とは、

言い換えると、

自力の世界。

あるいは、方法論の世界。

 

 

 

 

 

「〇〇をすれば△△の結果になることが見えている扉」

「◇◇ぶんだけ努力すれば☆☆の成果が得られる扉」

 

 

 

そいういった類の

決定論的世界観(またの名を、アルゴリズム空間)

また別の言い方では「自力で頑張る世界への扉

 

 

 

 

 

ワイはそーゆー類の扉は、

一通り、通ってみたよ!

文句を言わずに1つ1つ、

アレコレ試してみたよ。

 

 

 

 

何も試さずに「コレは違う!」とか否定するのは良くない、

と思ったから、愚直に、コツコツ、

1つ1つ試してみたさ

 

 

 

 

でもさ、それをやるごとに、

気づいていくんだよ・・・

 

 

 

 

ワイの心の中の

「好奇心の火」が、それらをやるごとに、

日に日に、弱まっていく。

 

 

 

 

「好きなこと」第一優先の生き方ではなく、

「決定論」というレールに自分自身を合わせていく、

という生き方。

 

 

 

 

自分の自由意志いではなく、

見える結果や期待値に自動反応を示して、

プログラム通りに動くオートマトン(自動人形)の世界。

 

 

 

 

 

イノベーションじゃなくて、アダプターやフォロワーの考え方。

ゴールから逆算する生き方。

決定論(運命論)的な選択方法。

恐怖心がベースにある思考パターン。

真我の声ではなく自我の声によって動かされる人生。

自分の内側から起こる好奇心ではなく、自分の外側である環境に対して、自動反応で進む脳内プログラム。

 

 

 

 

そーゆー世界の扉を

ワイは1つ1つ開けて、進み、試す。

 

 

 

 

 

そして結局は「苦しみ」を増やすことになり、

学んで、後悔をして、絶望する。

 

 

 

 

そして、その後、

1つ1つ通ってきた

その扉に鍵をして封印シタ。

(二度と通るか、バカヤロゥ~!)

 

 

 

 

 

だから、もう

ワイに残された扉は、

目の前に現れた1つしかない。

 

 

 

 

だから、もうこれをとりあえず、

進むしかない。

 

 

 

 

だが、今のワイ、

この一見ショボそうな扉を見て、

なんかモーレツなコレジャナイ感に

襲われている。

 

 

 

 

「あんまし心ときめかないな」

「むしろ、大丈夫か、これ・・?」

みたいな、なんかよくわからん感覚。

 

 

 

 

 

夏への扉

 

 

そんなこんなしているとき、

ふと、ロバート・A・ハインラインのSF小説

「夏への扉」がワイの頭に浮かんだ。

 

 

 

主人公ダンの愛猫ピートは、

家の中にある扉のうちどれかが、

明るく楽しい世界へ通じる

「夏への扉」だと信じて止まない。

 

 

 

 

だからピートは、冬になるといつも、

家じゅうの扉を開けてくれと、ダンにせがむ。

(そしてダンも夏への扉を信じている)

 

 

 

ワイの目の前に現れた扉も、

猫のピートが追い求めるような、

楽しい夏の世界へと続いているのだろうか。

その扉の先はワイの理想へと向かえるのだろうか。

 

 

 

 

とりあえず、ワイは、

今のままの状態でもいいから、

新しい展開へ向けて、

また1つ、少しずつ、

自分がやりたいことだけを

やりながら進んでいこうと思った

 

 

 

 

そんじゃ