人と違うことをする勇気

 

どーも、Koichiです!

 

 

今日は
人と違うことをする勇気
についてご説明いたします。

 

 

もしあなたが
お金を稼ぎたいのなら
人と違うことをすることはとても大切です。

 

大衆は常に間違う

 

これはアール・ナイチンゲールという
アメリカ・ロサンゼルス出身の
実業家の言葉です。

 

 

大衆は常に間違うとは
大多数がとる行動は常に間違いで
少数の人の行動が正しい、

 

 

ということを意味します。

 

 

この言葉の意味は
様々な現象に当てはめて
みることができます。

 

 

例えば、

 

 

これは実際にあった話ですが、
2015年パリ同時多発テロが
起きた時の話です。

 

 

パリのバタクラン劇場に
銃を持ったテロリストが
押し入り、

 

 

群集に向け
無差別に銃を乱射し
112人もの犠牲者を出したそうです。

 

 

しかしそんな中、
生き残った生存者は
大衆と逆の行動を取ったそうです。

 

 

逃げ惑う大衆とは別に
生存者の人は
死んだふりを思いつき
すぐに床に伏せたそうです。

 

 

生き延びた人は、
パニックになって逃げ惑う
大衆の一人とはならずに、

 

 

一人冷静に
生き延びる方法を見つけ
実行し生還しました。

 

 

そのときは、結果的に
大衆の逆の行動が
正解となりました。

 

 

実はこれは
ビジネスにおいても
大いに当てはまることです。

 

 

お金を稼ぐ人は、
いつも人と違うことを考えます。

 

 

一方稼げない人は、
最も行動の遅い人で、
大衆のとった行動に追随し
迎合します。

 

 

このことを
輸入ビジネスで
例えてみます。

 

 

輸入ビジネスで稼げる人は
まだ誰も仕入れていない商品を
最初に見つけてきます。

 

 

最初に商品を仕入れた人は
ライバルがいないので
独占的にその商品を売ることができます。

 

 

次に儲かる人は、
最初に売れる商品を見つけた人の
真似をした人です。

 

 

ライバルが2人になり、
価格競争が始まります。

 

 

次に儲かる人は、
ライバル2人に続いて、
同じ商品を仕入れ
後から参入してきた人です。

 

 

さらにライバルが増え、
価格競争が激しくなります。

 

 

そして最後に損をする人は、
価格崩壊後に現れた
最も行動の遅い大衆迎合者です。

 

 

自分で考え判断するより、
常にみんなに合わせて
みんなと同じ行動を取る人です。

 

 

みんながこの商品を仕入れてるから、
みんながこの商品でお金を稼いでるから、
だから自分もやったらきっと稼げる。

 

 

こういうふうに考える人です。

 

 

輸入転売で稼ぐことはすごく簡単です。

 

 

数多の商品の中から、
誰も取り扱っていない
商品を見つけてきて、
それを売るだけです。

 

 

人がやっていないことを
率先してやる人は
すぐに売れる商品を見つけてきます。

 

 

一方で

 

 

誰もやってないことを
やることが
怖い人は

 

 

あるいは
自分で思考して決断できない人は
誰かの真似をします。

 

 

ただし誤解しないでください。
ビジネスにおいて真似は良いことです。
真似をしてお金を稼ぐ人は結構優秀です。

 

 

問題なのは、
真似をしてるのに
稼げない人です。

 

 

真似をして稼げる人と
真似をして稼げない人の
間にはどんな違いがあるのか?

 

 

それは決断するスピードです。

 

 

誰もやらないことをする人は
イノヴェーターと呼ばれる人です。

 

 

イノヴェーターは
売れるか売れないか
わからないうちから
リスクをとって行動します。

 

 

アーリーアダプターは
イノヴェーターが築いた富を
賢く真似て賢くお金を稼ぎます。

 

 

アーリーアダプターは
イノベータの次に
みんながやらないことを
先に見つけ出して実行する勇気があります。

 

 

そしてアーリーアダプターが
市場に参入した後、
かなりの時間が経ちます。
(キャズムを迎える)

 

 

次に現れたのは
アーリーマジョリティです。

 

 

彼らは
アーリーアダプターを真似て
少しだけ利益を取っていきます。

 

 

アーリーマジョリティたちは
人と違うことをする勇気は持っていましたが、

 

 

イノヴェータや
アーリーアダプター達のように
早く人と違うことをする勇気がありませんでした。

 

 

だから利益もそれなりです。

 

 

そして一番最後に
遅れてやってきた大集団がいます。

 

 

レイトマジョリティと呼ばれます。
大衆迎合者たちです。

 

 

レイトマジョリティとは
文字通り
大多数の人々(大衆)
を意味します。

 

 

レイトマジョリティは
「みんながやってるから」という理由で
一番最後に物真似をしますが、
タイミングが遅すぎるため利益は得られません。

 

 

*ちなみに
レイトマジョリティより
さらに後にラガードという
人々がいますが、
彼らはそもそも最初から
ゲーム(ビジネス)に参加する気がない人たちです。

 

 

だから
損をするのは
最後にゲームに参加した
レイトマジョリティ(大衆)です。

 

 

なお、

 

 

イノヴェータ
アーリーアダプター
アーリマジョリティー
レイトマジョリティ

 

などはマーケティング用語になります。

 

 

これらについて
もっと詳しく知りたい方は
こちらの記事をご参照ください。

 

 

話を元に戻しますが、
お金を稼ぐにはとにかく
人と違うことをする勇気が必要です。

 

 

もし誰かの真似をするなら
早く真似るべきです。

 

 

でも人は
常識と違うことをしている人を
はじめは警戒します。

 

 

だから
同じことをする人が
5人、10人、100人と
増えていかないと
自分もお祭りに参加する勇気が持てないのです。

 

 

しかしそれでは大衆迎合者になってしまいます。

 

 

勇気を出して
早いうちにイノヴェータを見つけ
真似ることです。

 

 

あるいは自分自身が
イノヴェータになることです。
(これは一番勇気がいると同時に
大きなリスクも伴いますが)

 

 

しかし
リスクを負いたくないのであれば、
あなた自身がイノヴェータとなって
お祭りを主催する必要はありません。

 

 

賢く世渡り上手に稼ぎたいのであれば、
自分ではお祭りを主催せず、
誰かが少数で作り上げたお祭りを見つけ
すぐに参加して乗っかることです。

 

 

次に、
人と違うことをする勇気
を持つために必要な2つ目の
考え方をお伝えします。

 

ルールを破る、常識を覆す

 

お金を稼ぐ人は、

 

 

ルールを破る
常識を覆す

 

 

この2つを当たり前の信条にしています。

 

 

みんなが思わず、
えっ!?
そんなことしていいの!?
みたいなことを平気でやっちゃいます(笑)

 

 

「あなたの常識は誰かに植え付けられた常識」
このように考えたことはあるでしょうか?

 

 

ここでちょっとだけ歴史のお話をしたいと思います。

 

 

私たちは明治時代から続いている
学校教育を通して、
ある国家的目的のために、
ある常識を脳にプログラムされている
ということを知っているでしょうか?

 

 

ある国家的目的とは「国の発展」です。

 

 

ある常識とは

 

 

労働をすること
消費すること
納税をすること

 

 

です。

 

 

産業革命の後、
日本で言えば明治時代以降、
国家の繁栄にとって必要なものは
経済の発展でした。

 

 

経済の発展に必要なのは、資本主義の拡大です。

 

 

資本主義の拡大には
消費の拡大が必要です。

 

 

消費の拡大には
大量の従順な消費者を
育てることが必要です。

 

 

そうです、私たちです。

 

 

少なくとも今現在も
義務教育の学校とは
純粋な学問を学ぶところではなく

 

 

従業員を育成するための
機関である、
というのが実情です。

 

 

これは日本だけでなく
産業革命を受け入れてきた
海外の先進国も含まれています。

 

 

*ただし、リベラルアーツを重んじる
一部ヨーロッパの学校教育は
近年、先駆けて変わってきています。

 

 

*この話は、
レオナルド・ダヴィンチがいた頃の
大航海時代直前のところまで話が遡りますが、
話が長くなるのでここでは割愛します。

 

 

ところで、
学校では問題が出されます。
そして答えを求められます。

 

 

正しい答えは○
間違いはx

 

 

正解なら先生から褒められます。
間違うと怒られ、訂正を求められます。

 

 

正しい答えが常識。
正しくない答えが非常識。

 

 

子供頃から
正しい間違いの2者択一で
教えられてきた私たちは、

 

 

常識(正しい)であることに
心地よさを感じ、
非常識なことに警戒、軽蔑をし、
見ないようにと無視をします。

 

 

こうして常識という枠が作られ、
私たちは常識内に沿った
行動をするようになり、
格好のマーケティングのターゲットになります。

 

 

最初に国から税金で取られ
次に企業から商品・サービス代金として取られ
そして残りを受け取ります。

 

 

一度常識の枠ができると
常識の世界が当たり前となり
常識の世界の仕組み知ろうとしたり
誰がその常識を与えているのか
を疑ったりしなくなります。

 

 

そしてとうとう、
私たちは常識の枠を破り
枠の外へ行動をすることが
できなくなってしまいます。

 

 

大人になればなるほどだんだんと難しくなっていきます。

 

 

これは日本人だから
ということではありません。

 

 

アメリカ人でもその他の国でも
常識を破る、ルールを破ることは
大衆にとって難しいことです。

 

 

ところが、

 

 

お金を稼ぐ人、
何かで成功する人は
常識やルールを破って枠の外へ出て行きます。

 

 

常識は人によって作られたものです。
人は善悪を決められません。
故に人が作った常識を破ることを
「悪」と決めることは誰にもできません。

 

 

常識を破ったら
ルールを破ったら
悪いこと。

 

 

本当にそうでしょうか?
誰が決めたことでしょうか?

 

 

破ったらダメな理由は
の後に最もらしい正当化された理由が
付け加えられているかもしれませんが、

 

 

その論理の拠り所まで遡り、
その理由の出発地点まで辿ってみて
本当にそうか考えたことはありますか?

 

 

「破ったらダメ」は
一方の側の人にとって有利になるよう設定され、
もう一方の側の人の行動範囲を限定できる
心理的な制限にすぎません。

 

 

もし目の前に
あなたの行動を縛る常識
ルールが現れたら、
一旦立ち止まり、

 

 

この常識、ルールは自分にとって良いものか?

 

 

もしそうでない場合、破れる余地はありそうか?

 

 

このように思考する習慣を持つことが大切です。

 

 

ちなみに

 

 

常識やルールを破れとは、法律を破れということでは決してありません。
また、人を傷つけたりする行為でも決してありません。

 

 

法を犯したり
誰かを傷つけたりして
お金を稼ぐことは
やってはいけません。

 

 

もし、
お金を稼ぐ突破口が見えたなら、
法に反しない限り
常識やルールを破ってはいけない理由はどこにもない

 

 

ということです。

 

 

*ちなみに富裕層クラスになると自分たちの都合に合うように法律すら変えてきます。

 

 

常識を破れないのは
個人の精神的な心の制限の問題
でしかないのです。

 

 

お金を稼ぐ人、成功できる人はそれを知っています。

 

 

常識やルールを破るのに必要なのは、「勇気」だけです。

 

 

それでは最後までお読みいただきありがとうございました!

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